いつか、雨の日に出会いたい花があります。花のなまえは山荷葉(さんかよう)。花言葉は「親愛」「親愛の情」「清楚な人」。

ある日の新聞のコラムに、山荷葉という、花びらが透明になる花があると紹介されていました。写真が掲載されていなかったので、透きとおった花びらがうまく思い浮かべられず、なにか、おとぎ話でも聞かされたようでした。
調べてみると、北海道や長野県の、涼しくて、湿度が高い、緑に囲まれた高地に自生する多年草で、5月から7月に、2cmほどの小さな白い花を咲かせるそうです。その、可憐な花が、霧や露、雨などの水にさらされて、花びらを透明にする。ネットで画像を見ると、わたしが想像していたものよりずっときれいで、繊細で、生きている花なのに、ふれると壊れてしまいそうなガラス細工のよう。
でも、その花びらは、濡れたからといって、かならず透明になるわけではないようです。透きとおった花も、乾くとふたたび白い花にもどる。
そして、花は散りやすく、透きとおった状態の花を見ることはむずかしいことから、幻の花とも呼ばれている。

自然界は、いろいろな法則をもとにうごいています。たとえば、お野菜の種の発芽は、光や酸素の量や気温などに左右されます。条件が整うと、芽を出し、生長し、やがて収穫期となります。収穫のタイミングも、作物それぞれに、種を蒔いてから何日後とか、花が咲いてから何日後といったふうに、かなり明確になっています。その法則を知り、そしてしたがうことで、わたしたちは春に春キャベツを、夏にスイカを、秋にはクリを、冬に大根を、と旬の野菜や果物を愉しむことができます。
それなら、山荷葉の花が透明になることには、どういう法則・理由(わけ)があるのでしょう。ある物質が、水に濡れて透きとおるのは、光がその物質を通過するときの屈折と散乱が減少するためということはわかります。でも、どうして、なんのために、山荷葉はその性質を持っているのでしょう。
シンデレラの靴のような、おはなしでもあればおもしろいのだけれど……窓から外をぼんやりと眺めていると、雨が降りはじめました。

沖縄から東北までの地域で、梅雨入りしました。山荷葉のことを思っていると、雨もたのしく感じられそうです。出会いがまだなので、写真を添えることができませんが、いつかご紹介できればと思います。

●むらた

※最近のやまあい/ナスの苗を植え、収穫を調整するために花を摘みとる摘花という作業をしています。きれいな紫色の花が目をたのしませてくれます。もうすぐ、やまのあいだファームに夏がはじまります。