おいしい料理を彩る器。器によって、盛り付ける時の気分も食卓の雰囲気も変わりますよね。
自分にぴったりの器に出会った瞬間の気分の高揚は、使うほどにしみじみとした幸せに変わっていきます。
そして同じく食卓に欠かせない、カトラリー。直接口に入れるものだから、気持ちの良い感触を大事にしたいもの。
今回は私の個人的な器とスプーンのお話です。

 

「出西ブルー」 に惹かれて

 私は幼少期に3年ほど、島根県出雲市に住んでいました。
山陰地方は、民芸運動が盛んだった時代に、柳宗悦や吉田璋也が指導をしてまわったという窯元がたくさんある、知る人ぞ知る民芸の地です。
中でも有名なのが、出雲市斐川町にある出西窯。
幼い頃は、年に一度開かれる「炎の祭り」というお祭りに、無料で振る舞われるおにぎりと豚汁を目当てに行ったものです。
当時は器なんていうものには興味がなく、「おいしいおにぎりが食べられる場所」としか認識していませんでした……。

昨年、両親とともに出雲に行く機会があり、約20年ぶりに出西窯を訪れました。
工房の中は自由に見学でき、職人さんの手つきや大きな登り窯を興味深く見て回ったあと、ショップに立ち寄ると、なんとも美しい深い青色の器たちが。
「出西ブルー」と呼ばれるその色に一瞬で引き込まれてしまった私は、大皿と小皿2枚をお持ち帰り。
大人になってその魅力に気付くものってたくさんありますが、器もそのひとつかもしれません。

出西窯とも所縁のある、柳宗理のスプーンに出会ったときもそうでした。
それまで、100均のスプーンで何も不自由を感じていなかった私に、友人がプレゼントしてくれたスプーン。
含んだ瞬間の、なんともいえない口当たりの良さと、引き抜くときのなめらかさ。ほどよい厚みと独特の形がそうさせるのでしょうか。
それ以来、フォークやナイフも揃えてしまうほど、柳宗理シリーズの虜になってしまったのでした。

出西窯の小皿と柳宗理のスプーン

器とカトラリーは奥が深く、好きになればなるほど、どんどん沼にはまっていくような感覚があります。
器を探し求めて陶器市やお店をまわることもしばしば。
私はずっと、「自分にぴったりのお茶碗」を探し求めていました。深すぎず、浅すぎず、主張しすぎないけれど存在感のある……。

わがままな希望を叶えてくれたのが、京都の円町のお店で出会った、小鹿田焼のお茶碗でした。
淡い緑色に、小鹿田焼の代表的な技法、飛び鉋(とびかんな)の模様。
並んでいるものを見ても、ひとつとして同じ模様はない、その唯一無二さに惹かれ、「これだ!」と思い購入を決めました。
店員さんが楽しそうに器の説明をしてくれるのに心が和み、とても幸せな気持ちでお店を後にしたのを覚えています。

小鹿田焼のお茶碗。白と淡い緑の2色を買いました。

ちなみに先日、出西窯で買った小皿を落として割ってしまったのですが、金継ぎしてもらおうかと思うくらいショックでした……。結局、名残惜しみつつ新聞紙に包んで捨てましたが、また出雲に行く理由ができたと考えて、次に行ったらあれも買おうこれも買おう、と妄想する日々です。