実家の庭は、祖父母と父が植えた、柿やいちじく、枇杷、梅、桜などの木が生い茂っていました。重い金属製の蓋がかぶせられた、古い、深い井戸もありました。小学生のころ、クラスメートから、おまえんち、森みたいやなとからかわれたりもしましたが、私は、木の香りがする、その庭が大好きでした。

父は、休日ともなると朝からずっと庭いじりをしていました。母が、ごはんができたと声をかけても、なかなか家にもどってきません。すこし変ったところが父にはあって、ヘビの抜け殻をみつけたときには、私に、これ、なんだと思う、とわざわざ持ってきたりすることもありました。小学生だった私は、ヘビが出るというので、庭がすこし怖い場所になったのを憶えています。
それでも、私は庭であそぶことを愉しんでいました。春には、アゲハチョウがキャベツに卵を産んで、孵化した青虫がどんどんおおきくなってサナギになるのを見て驚いたり、夏にはセミの抜け殻を集めては玄関に並べて愉しんだりしていました──よく遊びに来ていた親戚の伯母には、ずいぶん気味悪がられました──。

その庭は、私が高校生のときになくなりました。家を建て替えることになって、受験の年に工事がはじまりました。
新しい家に、柿と桜の木はのこっていましたが、ほかの木は切られてしまい、家までの通路はコンクリートで固められ、土の部分は四分の一ほどになってしまいました。小学生のときに種から育てたブドウの苗木も見当たらなくなり、周囲にあった杉の木も切り倒されて、それまで家を守っていたものがなくなったようで、心許ない気がしました。都会暮らしのながかった母は、とても嬉しそうにしていましたが。

一年後に、私は家を出て、学校の寮にうつり、卒業後に就職して、家に帰ることはほとんどなくなりました。都会での生活は、心を奪われる物事もおおく、いつしか実家のことも頭に浮かばなくなった。でも、その一方で、母に薦められた仕事や、伯母のようなオフィス勤めは、とても苦しく、私にはつづけられませんでした。結婚したいまは、子供時代をすごしたような、木や草を近くに眺められる家で暮らしています。祖父母がどうして森のような庭をつくったのか、訊ねることはもうできませんが、最近になって、なんとなくわかってきたような気がしています。

縁あって、坂ノ途中ではたらくことになり、やまのあいだファームで畑の一部を借りることになりました。ふかふかの土、樹木、ちいさな虫がいることが嬉しい。自転車で向かう道のりには林があり、そこで思い切り息を吸いこんでいます。
自分はなにをしたかったのか、やっと見つかるかもしれません。

●こばやし