5月の終わり、収穫の時期を迎える梅のようすを伺いに、和歌山県田辺市へと向かいました。
初夏の日差しのなか、畑を案内してくれたのは、有機栽培グループ〈田辺印の会〉の生産者のひとり、宇田川啓太さん。緑あふれる山辺の畑で心地よさそうに育つ梅と、そのまわりの景色をお届けします。
紀伊半島の中南部に位置する田辺市は、「南高梅」で有名な和歌山県のなかでも有数の梅の産地。田辺湾にのぞむ西の海岸部から、紀伊山地に向かい北東へと車を走らせると、いくつもの梅畑を見かけます。平地に並ぶ梅の木々を通りすぎ、しばらく谷あいを進むと、さっきまでの海辺の景色とは一変。山林沿いの細い道の先に、宇田川さんの畑がありました。
梅農家さんにとっては、一年のなかで最も忙しい季節。
5月中ごろの小梅からはじまり、南高梅などの青梅、それからだんだんと実が熟し、6月の終わりには黄梅と、追われるようにして収穫していきます。
この日、作業場では、小梅の出荷作業をしているところでした。
緑と紫のグラデーションをなすように色づいた小粒の実は、まるでオリーブのようにも見えます。
収穫は、網に落ちたものをあつめる加工用の完熟梅以外は、すべて手摘みで行われます。
一つひとつが小さい梅の実は、いかに手早く、たくさん収穫できるかが、農家さんにとっては重要。そのなかで、傷をつけたりしないよう、十分に気をつかって摘みとります。
さらに、収穫後の選別作業で、小さすぎるものや傷のあるものをできるだけ除き、出荷します。
作業場の奥には、収穫間近の南高梅の畑が広がっていました。
木はほどよい間隔をあけて植えられていて、心地よい風が吹き抜けます。
足元はふかふかの草で覆われ、耳を澄ますと虫や鳥の声が。
梅の実もなんだか気持ちよさそうです。
「海の見える、見晴らしのいい畑があるんです」と宇田川さん。
車に乗り込み、さらに山道を上って、その畑まで連れていってもらいました。
思わず、わぁと声が出るような眺めが目の前に。
梅の木が茂る畑から、あいだに山を挟んで、田辺湾、その先に太平洋の水平線が見えます。
ここに夕陽が沈むときは、それはもう、絶景なのだそう。
一日の農作業のあとに見るその景色は、きっととくべつだろうなあ。
田辺市のなかでも海側の産地とくらべると、気温が低く収穫時期が遅かったり、足場が斜面になって作業性が悪かったりと、不利になることも多い、山側のこの地域。
「けれど、梅を育てるうえで、優れていることがひとつあるんです」
宇田川さんは、そう教えてくれました。
それは、周囲に山林が広がり、生物多様性に恵まれていること。
たとえ梅の木にとって害となる虫がいたとしても、近くにはその天敵がいる。だから、多くの農薬を使わなくても、ある害虫が一気に増えるということはそうないといいます。
木のまわりに生える草花も、長く伸びすぎないように刈る程度で、自然のままに残す。それが、いろいろな生きものの住処になり、そのめぐりのなかで梅にも良い影響をもたらすのです。
自ら育てた苗を植えて4年目になるこちらの木は、ようやく少し実がなるようになってきたところだそう。この木でしっかりと収穫できるようになるまで、もうあと10年。いちばん忙しい収穫シーズンが落ち着けば、土に肥料を与えたり、枝の剪定をしたり、伸びた草を刈ったりと、また次の一年がはじまります。
そこにある自然に寄り添いながら、手をかけて大切に育てる。
草花に覆われた畑に立っていると、宇田川さんのそんな思いが伝わってきます。
初夏に訪れた山辺の梅畑は、すがすがしい空気に満ちていました。
梅酒や梅酢、梅ジャムに梅味噌……いろいろな梅しごとを楽しめるのは、一年のなかでこの時季だけ。ふっくらと実った梅を目の前にして、さて、今年はなにを作ろうかなと想像が膨らむ帰り道でした。
家でも梅しごとをするのが大好きという宇田川さんは、なかでも、香りの華やかな完熟梅でつくる梅シロップや梅酒が、いちおしだそう。最近は、砂糖を入れない梅酒も試していて、日本酒(アルコール度数が高めのもの)でつくるとびっくりするほど美味しくなるんだとか……
そんな話をきいていると、あれもこれもと作りたくなってきました。
梅の旬は、あっという間。たっぷり仕込んで、ながく味わいたいなと思います。
text/Moyuru Takeoka