vol.20

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去年、茅ヶ崎の海岸を友人たちと散歩していたときのこと。
ひとりがおもむろにしゃがみ込んで何かを拾いはじめました。彼女が手のひらに乗せて見せてくれたのは、きれいな貝殻でもシーグラスでもなくてマイクロプラスチック(直径5mm以下の小さなプラスチック)。
緑色の長方形をしたものは、おそらくゴルフの練習場などで使われる人工芝の破片。半透明の球体は樹脂ペレットというプラスチックの原料になるもの。水色の糸状のものは釣り具かもしれないとのことです。
マイクロプラスチックという言葉は聞いたことがあったけれど、こんなに身近なかたちで目にするなんて。
波と戯れているサーファーたちを横目に、私たちはマイクロプラスチック集めをはじめました。

2

プラスチックというと、思い浮かぶのはビニール袋やペットボトルです。だけど、私の机の上を見ると、ボールペンも、スマートフォンにもプラスチック。キッチンにはプラスチックのまな板やしゃもじ。足元を見ればスニーカーも合成繊維。
そして、それ以外にも洗顔料や歯磨き粉に含まれるスクラブ剤など、目には見えないかたちのプラスチック。化学繊維でできた服を洗濯すると、マイクロプラスチックが流れ出すという話も知られるようになってきました。

農業や漁業の現場にもプラスチックは溢れています。
たとえば防草などを目的として畑を覆うマルチという資材は多くの場合ビニール製のものが使われます。長い時間、日光や風雨にさらされると劣化して土中からきれいに取り除くことは難しくなります。生分解性のプラスチックを用いるという選択肢もありますが、3倍近い価格のせいか、導入する農家さんの数は多くありません。
被覆肥料と呼ばれる肥料のマイクロプラスチックもあります。成分がゆっくりと溶け出すよう肥料にコーティングされた樹脂の殻などは、水田脇の排水口などで見つけることができます。

海にはもっとたくさんあります。たとえば漁網。かつて麻糸や綿糸で作られていた漁網は、耐久性のあるナイロンやポリエステル素材のものに置きかえられました。太平洋ゴミベルト(海に流れ出たごみが流れ着く、北太平洋の中央部の海洋ごみが多い海域)のごみの46%(※1)は廃棄された漁網といわれています。
環境省の調査(※2)では、世界で年間800万トンの海洋ブラスチックごみが発生しています。このままのペースで増えつづけると、2050年に海を漂うプラスチックごみは、海洋生物の総重量を超える計算になります。

自然に大きなインパクトを与えないためには、ごみは分解されるものか、そうでなければ外に漏れないよう回収しなければなりません。
自然由来の素材は分解されるけれど、すぐに劣化してしまう。人工的な素材は劣化しにくいけれど、そのぶん分解もされない。
耐久性もあって便利で、不要になったら自然に還るというかたちで、人間が思い通りに物質の性質を制御することは容易ではありません。

3

私たちはプラスチックを食べている。
大袈裟な言葉のようですが、実は動物も植物も、その体内にマイクロプラスチックを取り込んでいます。もちろん人間も例外ではありません。まだ人体への影響は明らかにはなっていないけれど、レントゲンのような装置でプラスチックを透し見ることができたら、私の身体のなかはプラスチックだらけかもしれない。
海のなかに、土のなかに、すでに回収ができないレベルで紛れ込んでしまったプラスチック。マイクロプラスチックフリーの食品はどこかにあるのでしょうか。

1869年、プラスチックは高価で希少な象牙に代わる素材として生み出されました。ニューヨークの印刷工ジョン・ウェズリー・ハイアットがセルロイド(プラスチック)を発明したのが最初と言われています──きっと彼はプラスチックがこんなにも世界を汚してしまうことになるなんて想像もしていなかったでしょう。

プラスチック製品が日本で急速に増えたのは1960年代。それから半世紀以上が経った今になって、私たちは分解・循環することのできないものを大量に生産してしまったことに、それが自然や私たちの身体のなかに組み込まれてしまったことにようやく気づきはじめました。
今、ここをスタート地点とすれば、私たちはどこに、どういうふうに向かって行けばよいのでしょう。絶望することさえ、もう遅いのでしょうか。

●石川 凜

※1 太平洋ゴミベルト、46%が漁網、規模は最大16倍に(ナショナル ジオグラフィック) 
https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/18/032600132/

※2 令和元年版 環境・循環型社会・生物多様性白書(環境省) 
第3章 プラスチックを取り巻く状況と資源循環体制の構築に向けて
https://www.env.go.jp/policy/hakusyo/r01/html/hj19010301.html