野菜のお出汁でおでんを作ります

[春の会夏の会秋の会に続いて、株式会社おいかぜの取材チーム柳下・柴田(明)が坂ノ途中さんと一緒に開催させていただいたoikazeごはん冬の会の様子をお届けします。]

春、夏、秋と3回にわたって行われた坂ノ途中×oikazeごはん。これまではお昼のイベントでしたが、最終回となる冬の会は18時からの開催となりました。12月も下旬を迎えた土曜の昼下がり、坂ノ途中さんのお台所にお邪魔すると、企画メンバーの松田明日香さんが「今日は忘年会ですね!」と素敵な笑顔で迎えてくれました。

調理台には、この日も色とりどりのお野菜がずらり。円錐型のつぼみが描くらせん模様が美しいロマネスコ、紅しぐれと紅くるりというかわいらしい名のピンク色の大根たち、ゴジラの肌のような黒い葉を持つカーボロネロなど、バラエティ豊かな冬野菜が並んでいます。秋の会から2ヶ月も経っていないのに、お野菜の顔ぶれから季節の移り変わりを確かに感じます。奥には大きなお鍋が。顔を近づけてみると、人参やネギがごろごろプカプカ浮いたスープからは、なんともいえない不思議な香りがします。

原田:それ、おでんの出汁なんですよ。今日のためにためておいた野菜くずと昆布、干ししいたけで出汁をとりました。ちょっと味見してもらえませんか?どうしても味が足りない時はカツオを足そうと思ってるんですけど、今日はなるべく動物性のものを使わずに仕上げたいので、どうしようかなと思っていて。

野菜で出汁をとったおでんとは、坂ノ途中さんならではのメニューに期待が高まります。味を想像できないまま小皿に口をつけると、ふわっとかぐわしい香りの後に豊かな味わいが広がりました。

明:美味しいです。お魚やお肉がなくても、こんなにいい出汁がとれるんですね。何の野菜が入ってるんですか?

原田:よかったです!しいたけと昆布の相乗効果で旨味が出るんですよ。野菜は、玉ねぎで甘み、ネギで香り、人参でコクのある香りと甘み、セロリでおしゃれな旨味を加えたいと思って、この4つにしました。種類を増やしすぎると、味がぼやけちゃうんですよね。風味を足すためにシナモンも加えてみたんですけど、まだちょっとおでんには弱いと思うので、ここからどう味付けしていこうか考え中です。

おでんにシナモンを入れることも意外でしたが、私は何より、この時点でまだお料理の完成イメージが固まっていないということに驚きました。レシピ通りに調理することしかできない私にとって、味を創っていく過程を間近で見られるなんて、なんと贅沢な体験でしょうか。どんな風に仕上がっていくのか、楽しみでなりません。前回に続き、まかないスタッフの多賀日奈子さんと生産者窓口担当の原田有佳子さんがお料理を担当してくださいます。

まな板の上には、見たことのないお野菜が横たわっていました。ヤーコンというかわいらしい名前の根菜だそうです。ゴボウの仲間らしいのですが、皮をむかれる前は「細長いじゃがいも……いや、茶色いさつまいも……?」という印象でした。輪切りにすると、今度は大根にそっくりな姿に。でもかじってみると、予想外にシャクシャクと甘くて梨みたいなんです。小さなギャップを重ねてくる、なんだか憎めない存在です。素揚げにしたヤーコンとレンコンは、厚あげと合わせて酢豚風に味付けするそうです。

隣では、多賀さんが「純胡椒」と書かれたビンから緑色の粒のついた房を取り出しています。胡椒の実が連なり、まるで海ぶどうのような形。小さな実をさらに細かく刻んで、蒸し野菜に添えるネギ味噌に混ぜ込みます。生の胡椒を食べたことがなかったので、一粒いただいてドキドキしながら口に入れてみました。やさしいけれどピリッと芯のある辛さとフレッシュな香り。「純胡椒」という名前がぴったりの、やみつきになりそうなお味です。開始早々はじめての体験が続き、興奮気味でお話を伺っていきます。

次に多賀さんは、黒っぽくごわごわした見た目が特徴的なイタリア野菜、カーボロネロを手に取りました。分厚いちりめん状の葉がまっすぐ伸びる姿からは想像もできませんが、カーボロネロはキャベツの仲間で、黒キャベツとも呼ばれるそうです。かたい茎をていねいに切り取り、葉に塩麹をもみこんでいきます。続いて、春の会にも登場した特大サイズの“びっくりエリンギ”を、ひとつひとつ手で割いていく多賀さん。なるほど、包丁で切るよりも味がしみやすいんですね。カーボロネロの大きな葉でエリンギを巻いて、おでんの具にするそうです。

一方、原田さんは、棚から出してきた大きなビンの中身を確かめています。中にはとろっとした茶色い液体が。正体を伺うと「今年、梅味噌を作ったんです」と満面の笑みで答えてくださいました。収穫した梅を丸ごとお味噌と砂糖に漬けておいたという梅味噌。その名前から想像した通りの甘酸っぱくやさしい味に、師走の疲れが癒されます。そんな梅味噌は、厚あげで作る酢豚ならぬ“酢あげ”の甘酢の他、おでん出汁や他のメニューにも隠し味として使うそうです。

原田:冬は葉物や根菜が多くて、夏に比べるとなんとなく食材が地味なんですけど、夏の間に仕込んでおいた調味料を使って料理できるのが楽しいですね。煮込む料理が多いので、使い所がたくさんあります。

あっちの鍋からこっちのボウルへ、くるくると立ち回りながら調理と味見をくり返す原田さんと多賀さん。時おり首をかしげながら軽やかな手つきでスパイスや調味料を振りかける姿は、まるで魔法使いのようです。なかでも私が素敵だなぁと思うのが、ほんわかしたお二人の目つきが変わる味見の瞬間。スプーンの先をちょんとのせた手の甲を口元に運ぶ仕草に、ついつい見惚れてしまいます。

ここで、お豆腐が登場しました。畑のタンパク質として毎回活躍してくれている大豆。この日はお豆腐からさらに姿を変えて、おでんの具のがんもどきと蒸し野菜につけるディップになるそうです。大豆の度量の広さを改めて感じます。お豆腐をヒヨコ豆のペーストとまぜ合わせ、先ほどの梅味噌を加えてディップを作ります。

原田さんは、多賀さんが葉を切り取ったカーボロネロの茎と大根の皮、そして黄色い人参を細かく刻んでいます。これらを炒めて、がんもの具にするそうです。私なら何も考えずに捨ててしまう茎や皮、その食感や風味を活かしてお料理のアクセントにしてしまうお二人の技に、いつも感心してしまいます。

この日はリーキ(西洋ネギ)のかたい葉の部分も、有効活用されていました。細かく刻んでしいたけと炒め合わせ、おこわに加えます。もち米に歯ごたえのある薬味を炊きこむという素敵なアイディアに、思わず一人で拍手をしてしまいました。リーキのやわらかい白い部分はおでんの具になります。

立派なロマネスコが満を持しての登場です。頂点に向かって螺旋状につぼみが並ぶ形が一般的ですが、山口県の畑樂さんの畑からやってきたというこのロマネスコは、てっぺんがぼこっと曲線を描き、より特徴的な容姿に育っています。何かに似ている……としばらく考えてたどり着いたのは、イグアナの横顔でした。ゆでると緑のグラデーションがはっきりし、さらに華やかな姿に。カブと人参たちも蒸し上がり、ごはんの準備は佳境に入ります。

出番を待つ青菜たちに目をやると、緑の山の中に小松菜のような、でも少し違うような、かわいらしい葉っぱを見つけました。ことり菜という名前のこの野菜は、坂ノ途中さんの自社農場・やまのあいだファームで生まれたオリジナル品種だそうです。ところで、野菜の品種ってどうやって作るのでしょうか。昔、教科書で見た遺伝の図が一瞬頭をよぎりましたが、そこから先が全く想像できません。

原田:野菜をよく見ると、同じ品種の中でもひとつひとつ個体によって色々な差があるんです。たくさん育った中から理想のイメージに近い株を選んで、種を採ります。それを何世代も繰り返すことで特徴がはっきりしてきます。とはいえ、似たものだけを選び続けると、遺伝子の性質上、弱い個体が増えてしまいます。知らない間に意図しない種が交ざっていたり、病気などで種採りができなかったりもするので、時間もかかるし難しいんですよね。なので、種採りをせずに種苗メーカーが作る種を買う農家さんの方が多いです。やまのあいだファームでは、ほとんどの野菜の自家採種を続けているいるので、他では見たことのない野菜ができるようになってきました。

2013年秋にスタートしたという、やまのあいだファーム。このまま自家採種を続けていけば、5年後、10年後にはさらにたくさんのオリジナル品種が生まれ、個性豊かな野菜たちが畑を彩ることになるのでしょう。そのにぎやかな様子を想像すると、なんだか楽しい気持ちになりました。ことり菜の隣にあるチンゲン菜もとっても元気そうです。

原田:これは今年就農したばかりの、HATAKEYAさんご夫婦のチンゲン菜です。三重県の農家さんなのですが、全国を回って理想的な土質の農地を探し求めた結果、今の場所にたどり着いたそうです。すごく勉強熱心で、夫婦で何時間も光合成について語り合うとおっしゃっていました。就農1年目は栽培がうまくいかない農家さんも多いのですが、HATAKEYAさんは就農直後から順調に収穫を続けてこられています。しっかりとした勉強と研修時代の経験が、きれいで力強い野菜を育てる基盤となっているのだと思います。

農家さんの性格や好みによっても得意なお野菜は違いますが、その土地の気候や土の質にもとても大きく影響を受けます。例えば、黒ボク土(くろぼくど)という火山灰からできた土は軽くてふかふかしているので、根菜が育つ時の抵抗が少なく、まっすぐできれいな形の野菜ができます。火山灰の土は関東によく見られます。関西はどちらかというと、もともと田んぼに使っていた粘土のような土が多いですね。

かぼちゃと小豆が、窓辺でことこと炊かれています。こちらは「いとこ煮」というお料理だそうですが、私はその名前をこの日初めて耳にしました。鶏と卵で親子丼になるのはわかりますが、かぼちゃと小豆が従兄弟ってどういうことなのでしょうか。誰も理由がわからず、調べてみることに。いとこ煮とは、かぼちゃに限らず神仏にお供えした野菜と小豆を甘く煮る、日本各地に伝わる郷土料理のことでした。大根や人参、ゴボウ、しいたけなど、地域によって具材は様々。煮えにくい具材から順番に鍋に入れていくことから、「追い追い」を「甥と甥」すなわちいとこ、にかけたシャレが語源だと言われています。

昔の人のユニークな名付けに場がほっこりする傍ら、再びおでんの鍋とにらめっこしている原田さん。エリンギのカーボロネロ巻きが入って迫力を増したお鍋から、お出汁をひとさじすくって飲み、おもむろに手元の袋を開けて赤いかたまりをぽいぽいっと放りいれました。思わずお鍋をのぞきこむと、「ドライトマトを入れました」とのこと。

明:どんな味になるんですか?

原田:ドライトマト、めっちゃ便利ですよ。旨味を足してくれるし、味がくっとしまるので、私はカレーやシチューにもよく使っています。一家に一袋あるといいと思います!

ドライトマトを食べたことはありますが、お料理に使うなんて思いもよりませんでした。毎日のように「夕飯何にしよう……」と悩む私にとって、こうして原田さんや多賀さんの豊かな発想に触れられることはとても楽しく、学びの多い時間です。こうして、このイベントでしか味わえない特別なおでんができあがりました。

最後に、ドラゴンレッド、シェリー、アンデスレッドという3種の赤いじゃがいもをポテトフライにし、会場へ向かう準備が完了しました。春、夏、秋、冬と続いてきたoikazeごはんは、この日でいったん最終回を迎えます。毎回、季節の野菜を使った美味しいごはんを作ってくださったお二人。最後にこんな感想を聞かせてくれました。

多賀:まかないではお野菜を選べないので、このイベントでは自分でお野菜を選んでメニューを考えられたことが楽しかったです。私自身もお野菜って美味しいなと改めて思いました。

原田:私は農家さんとの取り引きを担当しているので、みなさんが美味しそうに食べてくださったことを農家さんに伝えたいです。今回は、野菜の力強さを知ってもらえたらと思って、あえて動物性のものは極力使わないというテーマを自分に課していました。課題も残しつつ、楽しいチャレンジでした。全体的に、しいたけの出汁にかなり頼りましたね。あ、でも、おこわにだけオイスターソースをちょっと使ってしまいました……!

この時の原田さんの笑顔がとってもチャーミングで、思わずその場にいた皆が笑顔になりました。お野菜を選べない坂ノ途中さんのまかない作りが気になる方は、ぜひ春の会のレポートをご覧ください。体にも地球にも優しいお料理とドリンクに舌鼓を打ちながら、品種改良による味の変化や工場栽培の現状、カーボロネロとかぼちゃの歴史物語など、色々なジャンルのお野菜話で盛り上がった坂ノ途中×oikazeごはん冬の会 。会場編もご一読いただければと思います。

 

[ 坂ノ途中 × oikazeごはん冬の会 -会場編- はこちらから]