畑に130日いたほうれん草と、25日しかいなかったほうれん草の話

[ 台所編に続き、株式会社おいかぜの取材チームがお届けします。]

ほかほかのお鍋をしっかり抱えて階段を上がると、会場には既にマルシェ出店者の方々の焼き菓子やドリンク、アクセサリーなどが並び賑やかな様子です。暑い中、続々とお客様が来てくださり、開会の時間を迎えました。この日はお子さんの参加が多く、元気よくテラスを走り回る姿も。色とりどりのおかずをたっぷりお皿に盛っていただき、株式会社坂ノ途中 代表取締役 小野邦彦さんと、株式会社おいかぜ 代表取締役 柴田一哉によるトークセッションが始まります。

柴田:坂ノ途中さんのごはんってすごく美味しいですよね。もちろんお野菜が美味しいっていうのもあるんですけど、ちゃんと調理スタッフを入れてまかないという形で出されているのが素敵だなといつも楽しみにしています。小野さん自身もお料理はされるんですか?

小野:えっとですね……最近はほとんどしていないですね。実は会社を始めて間もない頃からまかないはあって、まかない専門のスタッフに来てもらうまではスタッフが当番制で昼ごはんを作ってたんです。キッチン付きのワンルームみたいな部屋だったので、デスクワークをしているすぐ隣で炒め物をしているような状態でした。その頃は僕も、担当の曜日に昼ごはんを作ってました。

柴田:それもすごいですね。まかないを食べてみたいとか、レシピをくださいって言われることも多そうですよね。

小野:まかないを食べたいからといってオフィスに遊びに来てくれる人もけっこういます。レシピは、宅配をとってくださっている方には毎回野菜と一緒に送っています。今日来ている原田や社内のスタッフがレシピを作ってくれていて、Webサイトでも公開しています。

柴田:あ、みなさんもせっかくなので、僕の話をさえぎってもらっていいのでどんどん質問してくださいね。

会場に目を向けると、一人の女性が待ってましたとばかりに手を挙げてくださいました。

同じ野菜でも、出始めと旬の終わり頃では食べ方を変えた方が美味しいです。

参加者:お野菜の宅配は月に何回届くんですか?

小野:お野菜は単発でのご注文も受けているんですけど、継続して食べることで季節の移り変わりが感じられるので、できたら定期宅配してくださいねという発信をしています。定期宅配は毎週と隔週があります。こっそり相談してくれたら月に1回でも大丈夫です。

定期宅配の方には、毎回おまけをつけています。今の時期なら青じそとか、熟していないグリーンのレモンとか。黄色いレモンとは違う若い香りがするんです。春の茶摘みの時期には、生の茶葉なんかも入ります。お茶の葉はだいたい5月にまとめて収穫するんですけど、すぐに茶色くなるから生の状態で流通することってまずないんです。おまけで入る茶葉も、届いた時には既になんぼか茶色くなってると思うんですけど、すぐに天ぷらにするとめっちゃ美味しいです。12月の忘年会の季節には、よく生のウコンを入れています。とても効くので、かじってから忘年会に行ってください。

宅配にはお野菜説明書っていうものを入れています。説明の内容は今も模索し続けているところなんですけど、各野菜について解説をしています。一般的には野菜の宅配って1週間くらい前からセットの中身が決まっていると思うんです。でも、うちはどうも変なところに凝る会社で、セットの中身を発送当日の朝まで変更しまくっていて、中身が決まったセットからお野菜説明書を印刷して発送する、というやり方をしています。生産量が少なくて不安定な農家さんが多いこともあって、当日の朝まで「今日届くはずやったトマト、全然獲れなかったらしい」「この人、思ったよりいっぱいナスを送ってくれた」みたいなことが起こるんです。そんな状況ですが「この中のどれかが入っています」という書き方ではなく、この農家さんのこの野菜が入っています、とお伝えできるよう頑張っています。

柴田:同じ日に発送するセットでも、お客さまによって中身が違うっていうことですよね。それってある程度までは人力で乗り越えるしかないと思うんですけど、注文数が増えたら単純に担当する人を増やしていく感じですか?

小野:そうですね、今のところはそれしか方法がありません。あとは、プリンタを2台にするとか……(笑)。説明書についてもう少しお話しすると、最近、宅配のお客さんに伝えたいと思っていることがあります。野菜って本当に時期によって顔が変わるんですよ。野菜は変わっていくのに同じ食べ方をするから、美味しくなくなったと感じるんですよね。野菜の旬は3つに分類することができて、出始めを「走り」、最盛期を「盛り」、終わりかけを「名残り」と言います。名残りのものは、例えばピーマンだと皮がかたくて、走りの頃のジューシーさはないんだけど、火をちゃんと通すと食べ応えがある。世に出回っているレシピは、盛りの時期の食べ方を紹介するものがほとんどなので、名残りの時期に同じように作ると「美味しくなくなってきたな」ってことになっちゃうんですよね。それがすごくもったいないので、時期ごとの野菜の状態に合わせた食べ方を提案していきたいなと思っています。

一芸に欠けた人、やばい人、トリッキーな人材が集まっています。

柴田:野菜の生態を理解してお客さんに提案ができるスタッフを増やしていくって、けっこうすごいことですよね。坂ノ途中の社員さんって個性的な方が多いじゃないですか。おもしろい人が自然に集まってくるんですか?

小野:そうですね、けっこうトリッキーなメンバーが集まっているなと自分でも思います。どうも一芸に“欠”けている感じの人が多いんですよね。例えばそこにいる原田は、料理はめっちゃできるんですけど、デスクワークの時は常に挙動不審だったりします。オフィスでは声もめっちゃ小さくなるし、台所にいる時と全然キャラが違います。なぜか個性的でおもしろい人が集まって来てくれるので、そこで崩壊しないようにやっていくのが僕の役目です。

柴田:当たり前かもしれないですけど、野菜好きの方が多いですよね。スタッフのみなさんは野菜にもともと詳しいというか、興味があった人が多いんですか?

小野:そこも別に、必ずしも全員が野菜大好きじゃなくていいと思ってるんです。野菜を好きな人しか受け入れませんというのはちょっと違うと思うので。あと、年に70回くらい取材を受けるので、記事や番組を見て感動した若者が求人に応募してくれることが多いんですけど、そういう人はあまり採用には至らないように思います。現場は泥臭いことの連続なのに、雑誌とか読むとめっちゃクリエイティブな仕事だと思って来てくれるんですよ。そういう人に「まずは玉ねぎを500gずつ袋に詰める作業を2時間半やるんやけど大丈夫?」って言うと、引いちゃいますよね。

柴田:坂ノ途中さんの社員さんって本当におもしろくて、こないだ打ち合わせにいった時もある方がひたすら野菜のことを語りまくってましたよね。

小野:あの人はやばいです。野菜芸人みたいな感じですね。うちに来る前は大手の野菜宅配の会社で取扱基準とかを決めていた人なので、知識量もすごいし、とにかくやばいです(笑)。

柴田:そうなんです。今の話だけ聞くと知識豊富なシュッとした人を思い浮かべるかもしれないですけど、ずっと喋り続けてて……本当に芸人みたいでした。今、一緒に企画しているプロダクトが、野菜をちょっとおもしろおかしく捉えて表現するものなんですよね。内容を議論する中で、彼のアイディアの引き出しの多さに、圧倒されました。

新規就農者さんの野菜を扱っているので、他社さんとは自然と棲み分けができています。

参加者:今ちょっと話が出たので訊きたいのですが、野菜の宅配をしている会社は他にもありますよね。坂ノ途中さんと他社の違いはどういうところですか?

小野:戦って勝つぞみたいな感じではないですし、意識して差別化しているわけでもないんですけど、実は他社さんとは生産者さんもお客さんもあまりかぶらないんですね。

みなさんの頭の中に浮かぶ農家さんのイメージって、人によってけっこう違うと思うんです。日本に200万人くらいいる農家さんたちの中にはいろんな人がいて、例えば規模が違ったり、栽培方法もけっこう違います。土壌分析や植物生理などの科学的なアプローチをする人もいれば、昔ながらの経験を元に栽培するスタイルの人もいます。

野菜の流通にも色々あって、まず卸売市場に出荷をしているJA(農業共同組合)さんは、長く続けてきている大規模な農家さんと主に取り引きをしています。うちと同じように消費者と直接取り引きをするオイシックスさんとか生協さんとかも、基本的には流通を安定させるために大規模な農場の野菜を扱っています。市場を介さずに野菜の販売をするために、安定供給が可能な大規模農家さんと付き合うことを選択した、という流れだと思います。

一方で僕たちは、規模は小さいけど本気で農業をやりたくてめちゃくちゃ勉強している新規就農者さんと取り引きをしているので、他の会社とはほとんどかぶらないですね。規模の小さい農家さんと付き合うのってほんと手間がかかります。なので、誰もやりたがらないんです。

お客さんもなんとなく棲み分けができているなぁと思っていて、ざっくり年齢層と料理にかける時間で分けてみますね。生協さんとか大地を守る会さんは50代以上のシニア層がメイン、僕らとオイシックスさんは30代、40代が多いんですけど、オイシックスさんはその中でも、共働きで忙しくて、できれば家事の手間を省きたいというような人が多いと思います。なので、カット野菜が届くキットが人気みたいです。炒めるだけで一品になるという便利なやつです。需要があるのはわかりますよね。僕らはどっちかというと自分で一から料理したい人が多いので、あまりオイシックスさんとの間で乗り換えはなくて、コープ自然派さんとの行き来の方が多いですかね。

柴田:ヴィーガンとかベジタリアンの人はどうですか?

小野:僕ら創業が2009年で、そこから一昨年までの広告宣伝費が7年間で合計20万円くらいだったんですけど。

会場:(笑)

小野:あ、それは広告が嫌いとかじゃなくて、小さな農家さんとやり取りするって本当にたいへんなんですよ。そればっかりやってるうちに7年が経って、8年目からやっとネット広告を始めたんです。9年目はけっこうしっかり費用をかけて広告をしたんですけど、facebook広告の属性の中で一番お客さんを獲得できたのがベジタリアン属性の人ですね。相性がいいです。

柴田:逆にその20万円の広告費の内訳が気になります。

小野:多分チラシの印刷代です。

その野菜が畑に何日いたのか、見ればだいたいわかります。

柴田:そろそろ時間なので、最後にどなたか、質問いかがでしょうか。

参加者:昔に比べて野菜の栄養が減っているという話を聞いたんですけど、それって本当ですか?

小野:それはいい問いですね。僕らからすると、そらそうやろ、と思うんです。ほうれん草を食べる時に、そのほうれん草が何日畑にいたかを気にする人ってまずいないと思うんですけど、ほうれん草はだいたい早いものだと25日くらいで収穫されています。一方で、長いのは130日くらい畑にいます。これだけ差があると、同じほうれん草といっても中の栄養素は当然違いますよね。どういうことかというと、葉物野菜は一般的には、ビニルハウスで即効性のある化学肥料を入れて育てられます。そうすると、温かい時期だと25日くらいで収穫できるんです。農家さんたちは年間何回転させるかを考えていて、ほうれん草だと真夏の栽培を避けつつ年6回転とか7回転、コマツナだと「うち今年13回転いったわ」なんていう人もいます。

有機農家さんはどうかというと、有機肥料でもうまく使うとコマツナで7回転くらいは作ることができます。でも化学肥料を使う人と比べると、ハウス一棟で作れる量が半分に減るわけですよね。だからといって単価が倍になるわけではないので、有機農家はそりゃ儲からへんなということがわかります。さっき130日と言ったのは、冬場にハウスではなく露地で育てた場合です。どれも大きさは同じくらいになるけど、中に詰まっている栄養は全然違います。小難しい話ではなく、急いで育てて水で膨れさせたのか、ゆっくり細胞ひとつひとつを組み上げて育てているかだけの違いです。

僕らは小松菜とかほうれん草を見たらだいたい何日くらいで出荷したかがわかるんですけど、みなさんは毎日見ているわけではないから難しいと思います。でも、茹でるとかさの減り方が違います。露地でゆっくり育った葉物は、茹でてもそれなりにかさが残るんです。

基本的には季節の野菜を食べてもらうのが一番です。ほうれん草は冬場の方がゆっくり育って味がのるし、冬場に暖房の中で育ったピーマンは、ギリギリの量の光合成しかしていない。嫌というほど日光を浴びた夏のピーマンの方が味もいいし栄養もあります。

柴田:最後に濃い質問でしたね。小野さん、ありがとうございました。

ひとつひとつの品種の生い立ちや食べる時に気をつけることなど、野菜そのものにスポットを当てた話題が多かった春の会。2回目となるこの夏の会では、坂ノ途中さんが日々どんなことを考えて野菜を扱っているのかというお話へとつながっていきました。次回、秋の会はどんなトークに展開していくのでしょうか。一緒に取り組んでいる新しいプロダクトについても具体的な話が聞けるかもしれません。10月の開催を楽しみにしていただければと思います。