vol.24

あなたの近くに「漁師」という人はいるでしょうか?
船をあやつり、海にでて、魚や貝などを捕ることを生業とする、そんな人たち。
ときおり、たとえばテレビの映像などで、漁のようすや、その生活が断片的にしらされることがあります。でも、スーパーマーケットに陳列された魚を見ても、ツナ缶を開けてみても、その魚がどこでどんなふうに水のなかを泳いでいたのか、どこでどんなふうに捕えられたのか、うまく思い浮かべられません。もちろん漁師さんのことも。

内陸のまちで育ったわたしには、知合いと呼べるような漁師さんはいませんでした。
農業に従事する人は全国に150万人、漁業では15万人といわれています。農家さんとは、ふとしたときに出会うこともありましたが、漁師さんと話をするような機会はずっと訪れませんでした──漁港のちかくに暮していれば違ったのだとは思いますが──。

すこしまえ、佐賀県の唐津を訪れたとき、何人かの漁師さんからお話をうかがうことができました。
袈裟丸彰蔵さんは、複雑なかたちの湾がつくられた串浦の海で、赤ウニなどの素潜り漁を営んでいます。漁の話を訊こうと思ったのですが、袈裟丸さんの口から出てきたのは、ガンガゼの駆除のたいへんさでした。ガンガゼはウニの一種ですが、海藻をどんどん食べてしまい、磯焼け(海藻がなくなって岩肌がむきだしになること)を引き起こします。もともと温かい海に生息していたガンガゼは、海水温が上昇したことによって生息域を拡げ、このあたりの海でも数を増やしたといいます。
駆除活動といっても、一網打尽というような方法はないのだそう。海に潜っては、ガンガゼをひとつひとつ取り除いていく、袈裟丸さんは、そんな活動を20年以上もつづけています。

わたしは、袈裟丸さんの船に乗って、ガンガゼを駆除した場所と、していない場所、その両方を見せてもらいました。箱メガネという道具で海の底を覗くと、とりどりの色や形の海藻が茂った、駆除をつづけている岩場と、生き物の気配のない白い岩場、これほどまでにちがいがあるのかと驚きました。
海のなかは、簡単には見ることができない。その様子は、海を生活の一部としている人たちだけが知っている。すぐ、そこの海で、こんなに大きな環境の変化が起きているのに、わたしはそれにまったく気づいていない。そのことが、とても不思議で奇妙でした。

高島という離島に暮らす野崎清美さんは、定置網の漁をしています。深夜0時に漁に出て、定置網を引き上げて、朝3時前にはじまる市場の競りに間にあうように対岸の港に船をつける、そんな毎日だといいます。彼女は、漁のとき、アカエイの棘が腕に刺さるという、大けがをしたことがあります。
海士の宗秀明さんは、20メートルの深さの海底に潜るために、8キロの鉛の重りを腰にくくりつけます。そうして潜っているとき、あやまって足ヒレを落してしまい、危うく浮んでこられないところだったと言います。

漁業も、農業とおなじように、機械化がすすみました。船の装備も、むかしとはくらべものにならないほど良くなりました。それでも、漁師という仕事は、あいかわらず肉体的に厳しく、命は危険に晒されています。

GPSが船に装備されるよりもまえ、漁師さんは「山あて」という方法で船の位置を把握していたそうです。水平線のかなたに見える半島の山や島、日の高さなどを見て、自分たちがどこにいるのかを把握していた。
そして、風がどう吹いているのか、潮がどう流れているのか、水温はどのくらいか、海の深さはどれくらいか、獲物の気配はあるか……自然を感じとる力を漁師は試されていました。

漁師さんたちの話を聞いていると、エアコンの効いたオフィスでパソコンに向って毎日をすごしているわたしは、生き物としてあまりにも情けないような気がしてきます。
海で誕生した生命。そこから陸地へと進出したわたしたちは、もしかすると海から離れすぎてしまったのかもしれません。
漁師さんのように、日々が海とともにあれば、常に命と向き合っていれば、ヒトという生き物は、もっとちがったふうに進化するように思います。

●石川 凜