京都・鞍馬口駅から歩いてすぐ。民家に囲まれ、ひっそりと佇む納豆屋さんがあります。大正時代に創業、現在は4代目の藤原和也さんが営む、「藤原食品」の工場です。
ここでつくられているのが「京納豆」。むっちり、もっちりとした食感。大豆の甘みやうまみが詰まった、ふくよかな味わいが人気です。
京都市内ではスーパーマーケットの棚にも並び、わたしたちスタッフも親しみがあったことをきっかけに、2024年の初夏より、坂ノ途中オンラインショップでの販売がはじまりました。
日々の食卓でいただく「京納豆」はどんなふうにしてできているのか、どんなひとがつくっているのか? 小さな工場の入り口にかかる、青い暖簾の奥を覗いてきました。
おいしくなる環境をととのえる
「僕が納豆をつくっているというより、納豆に『なってもらっている』感覚なんです。自分はなんというか、仲人みたいな感じです。場は盛り上げておいたので、後はよろしく、と。性格的にもそんなんが好きですし」
納豆づくりにおける自分の役割は、ただ「環境をととのえること」という藤原さん。朝、工場に着くなり、手を動かしながら工程を順に見せてくれました。
まず行うのが、大豆の浸水。春夏秋冬、季節によって、また気温や水温、湿度によって浸水時間を細かく調整します。十分に浸かっていないとできあがりが固くなり、浸かりすぎると納豆菌がうまく働かず糸が引かなくなる。浸水は、工程のなかで一番気を引き締めるところなのだそう。
次に、工場の真ん中にどんと据えられた大きな圧力釜で、浸水した大豆を蒸しあげます。低めの圧力でじっくりと。大粒、小粒の白大豆、青大豆や赤大豆が、種類ごとに布につつまれ、同時に蒸されます。
大豆がふっくらと蒸しあがったら、納豆菌を吹きかけます。納豆菌そのものは、無色、無味、無臭。大豆とともに発酵させることで、複雑な香りや粘りが生まれるのです。
そして、パック詰め。蒸した大豆を詰める人、フィルムを押さえてたれと辛子を入れる人、閉じられたパックをコンテナに詰める人。専用の機械の前にスタッフのみなさんが並び、てきぱきと手を動かします。
前へ前へと納豆を運び、パックを閉じていく機械。ガチャン、ガチャンとリズムよく音を鳴らしながら動くようすには、どこか愛らしさすら感じます。
パックに詰められた大豆はまだ粘りがなく、さらさらの状態。あとは納豆菌に祈るのみ。40度の発酵室で20時間ほど寝かせ、糸を引く状態になってから出荷されます。この日は、1日で2000パックを製造するということでした。
大豆を蒸し、納豆菌を吹きかけ、パックに詰めて、発酵と、見ているとその工程はごくシンプル。でも、その多くは体力や五感を使って行われる手仕事。人の手で一つひとつ、納豆にとってよい環境をととのえることで、菌がはたらき、おいしい納豆ができあがります。
豆の味わいをそのまんま
納豆の味を決めるのは、なんといっても大豆そのもの。おいしい納豆をつくるには、まず、大豆選びが肝心だという藤原さん。定番の大粒、小粒に加え、青や赤など、豆を生かした数種類の納豆がつくられています。豆の味わい、そして種類ごとのちがいを楽しめるのは、京納豆の大きな魅力です。
「先代のときは問屋さんから全ての豆を仕入れていました。でも、袋に書いてあるのは農協の名前だけ。誰が育てたのか、どういう栽培をされているか、全く分からないものでした」
実家の納豆屋に帰ってきてすぐのころは、大豆がどういうふうにできているかさえ知らなかった。だから、一回見に行った方がいいと思ったという藤原さん。当時、自分の足で探し回って出会った農家さんとは、今でもお付き合いがあるそうです。
目を引くのが、「京納豆」と太字で書かれた色とりどりのパッケージ。創業から一度も変えていない、時代を越えて愛されるデザインです。
納豆みたいなひと
自らを「納豆みたいになってきた」という藤原さん。訊くと、豆と豆が糸を引くように、人と人を繋げる、面白いことをいろいろと企てているらしいのです。
「いま取り組んでいるのが、納豆と音楽。見た目はCDで、なかに納豆が詰まっているという『楽曲付き納豆』を準備しています。納豆を食べ切ると底にアーティストの曲のQRコードが出てくる仕掛け」
好きなことに目を輝かせる少年のように愉しげに、でも、納豆屋の社長としてまじめに話す藤原さん。多様な人を巻き込むことで、食品業界からも音楽業界からも注目される。そうして、納豆好きの人を増やしていけたらといいます。
「食品業界って、大変そうなイメージで、人気もない。けど、こんなこともできるんやということを、知ってもらえたらいいかなと思っています。わけわからんことをしたいですね。大人がふざける。仕事は、自分でもっと楽しくしたらええやん、と思うんですよ」
大正時代から、100年近くつづく納豆屋。自由な発想を取り入れながら、その食文化を次へと繋げる、4代目の姿がありました。
身近でおいしいもんでありたい
「ほかと比べたら少し高くはなるけど、高級納豆にはしたくない。あくまで身近でおいしいもんでありたいんです」
分け隔てなく、みんなに食べてもらえる納豆でありつづけることが、藤原さんの願い。
京納豆を口にすると、どこからか元気が湧いてきて、心まで朗らかになる。そのわけは、大豆のもつ栄養はもちろん、そこに人の心がこもっているからなんだろうと思いました。
ちょっといいことがあった日にも、なんでもない普通の日にも。
きょうも、納豆をいただきます。
text/Moyuru Takeoka