水色の扉の先には、つくりたてのもめん豆腐やきぬ豆腐、お揚げがずらり。まわりには、豆乳をつかったお菓子、塩や油といった日常の調味料、そして農家さんから届くお野菜も。

心までよろこぶおいしいものが並ぶ、京都・長岡京のお豆腐屋、あらいぶきっちんさんを訪ねました。

お話を伺ったのは、代表の福田洋平さん。街で出会えば、コーヒー屋さんか古着屋さんにも見えそうだけれど、あらいぶきっちん2代目の豆腐職人。毎日23時に起床し、深夜から早朝まで、手作業で豆腐をつくっています。

彼の手からつくり出されるお豆腐は、豆の甘みや旨みがまっすぐに感じられ、お揚げはふっくらとして香ばしい。そのふくよかな味わいは、どのようにして生まれるのだろう。

──あらいぶきっちんのお豆腐の魅力、それはすごくシンプルに「おいしいこと」だと感じます。福田さんが考える「おいしいお豆腐」というのは、どういうものなのでしょうか。

「僕は、『しっかり豆の味がする豆腐』がおいしいと思っています。

 うちの豆腐は、大豆とにがりと水だけ。素材そのものです。たとえば料理なら、調味料で味を調えたりできますが、それができない。要は、足せないんです。

 だから、まずは、大豆そのものがおいしいことがすごく大事。豆本来の味わいを損なわず、そのまま形にしてあげるというのが、僕の豆腐づくりにおける考え方です」

──原材料一つひとつを大切にされていますよね。大豆はどんなものを選ばれているのでしょうか。

「今は、3種類の大豆をブレンドしています。滋賀県長浜市の農工舎さんのオオツルとコトユタカ、石川県の金沢大地、井村さんのアヤコガネという品種です。農工舎さんからは、青大豆おぼろに使うミズクグリという在来の品種もいただいています。

 豆腐屋目線だと、単一農家、単一品種というのが味も品質もぶれず、 毎日の生産が安定するとは思います。でも、うちでは味が安定することよりも、豆の味そのものを大切にしたい。今買わせてもらっている農家さんたちの大豆はそれぞれおいしいのですが、1軒1軒では収量が足りないので、ブレンドして使っています。天候にも左右される農作物、農家さんが一番大変ですから」

──豆のブレンドは、どんなふうに?

「豆の甘みを出しながら、固まるように調整する。これが難しいところです。

 豆腐の材料は大豆とにがり、そして水。大豆のたんぱく質と、にがりの塩化マグネシウムが結びつくことで凝固します。だから、たんぱく質の含有量が少ない大豆は、固まりにくいんです。甘みが強い大豆はたんぱく質が少なく、逆に、固まりやすい大豆は甘みでいうと弱い。そのバランスが難しいですね。
 
 豆の品種によって色も味も全くちがっていて、ブレンドの割合が変われば、豆腐のできも変わります。大豆の収穫が不安定だったり、新大豆に切り替わるタイミングがあったり。
 
 今年だと、前年の収穫量が少なかったので、いつもより早く、3月から新大豆に切り替わっているんですけど。この時期の新大豆はまだ水分が残っていて、通常通りつくると、どうしても柔らかくなってしまうんですよ。豆が替わって、お客さんから『ちょっと柔らかいですよ』と声をいただくこともありますね」

──坂ノ途中は、「やさいのブレを楽しむ」ことを提案していて。つまり、野菜が生きものとしていろいろに変化することを受け入れよう、それが想像力のある消費や、多様性を楽しむ社会にもつながるのでは、ということを言っています。お豆腐にも通じるのかなと感じました。

「豆腐はほんとうに、豆で味が変わります。いま使っている大豆は、それぞれの土地に合った品種で、農薬も化学肥料も使わずに育てられているもの。やっぱり、しっかりした土壌で育てられている大豆は味も濃いですし、全然ちがいます」

──大豆と、もうひとつの材料が、にがり。調べると、豆腐の凝固剤にもいろいろあるようですが、どうしてにがりを選ばれているのでしょうか。

「大豆の味を引き立たせようと思ったら、やっぱり、海水から採れるにがりです。『苦汁』と書くんですけど、舐めるとめっちゃ苦い。それくらい、本来えぐみがあるものなのですが、豆と合わせると、その甘みや旨みがワッと引き立つんです。

 加えて言うと、天然のにがりを使おうとすると、自然と味の濃い豆腐をつくることになるんですよ。薄い豆乳では固まらない。ある程度の濃度、大豆のたんぱく質が必要なんです。だからうちでは、木綿なら大体12%、絹なら13.5%、これくらいの高濃度でつくります。

 量産するための豆腐は、豆乳を薄めて、無理矢理ほかの凝固剤で固める。だから豆の味がしないし、凝固剤自体のクセとか酸味を感じます。

 それから、水も大事です。長岡京は、先代が豆腐屋を始めた当時は、水道が地下水だったんです。それで、この場所で始めはったんですけど、府営の水道が入ってから水質が変わってしまって。今は、活水器を通した活性水を使っています。

──お揚げも大好きで。スタッフのあいだでも、はじめて食べたときには感動した! という声をよく聞きます。

「お揚げさんは、ほかにないここだけの味わいだと言ってくださるお客さんが多いです。揚げ油には、堀内製油さんの国産一番絞りの菜種油を使っていて、この油だからこその風味や香りがあります。

 ここで、毎日一枚一枚、手揚げしています。まず低温で生地を伸ばしてから、高温に移してカリッと。温度の違う油で2度揚げすることで、ふっくらとしたお揚げさんができあがります」

「豆腐って、価値が低いんですよ。100円とか、よくて200円。機械で量産されるものは、もっと安価で売られている。価格競争の波にのまれて、豆腐屋さんはどんどん減っています。だからこそ、ちゃんとした原料で、質のいいものをつくって、豆腐の価値を高めていけないかと」

──深夜からはじまり体力も使う豆腐屋さんのお仕事、決して楽ではないと思います。福田さんにとって、つづける理由、この仕事の面白いところは何でしょうか。

「やっぱり、毎日同じじゃないということ。向き合い方で変わる。とくに、豆腐を寄せるときは今も緊張するというか。その日の状態を見て、一つひとつやっていますね。

 あとは、うちのお豆腐を求めてくださっているお客さんがいることが大きいかなあ。お客さんの期待に応えたいという気持ちがつよいです」

「『食べる』ということにもっと意識を向けてほしい。自分の体に入るんだから。僕も完璧じゃないですけどね」と福田さん。

日々の暮らしのなかで、食べるものや、手に触れるもの、あらゆるものを選ぶとき、少しだけ想像をひろげてみること。

この日、あらいぶきっちんさんで買って帰ったお豆腐は、やわらかな豆の味がしました。

text/Moyuru Takeoka

 

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