遅めの桜が咲き始めた4月、たけのこの収穫真っ盛りの京都辻農園を訪ねました。

辻さんの竹林は、京都・石清水八幡宮のすぐお隣にあります。
この辺り一体は、男山という歴史的自然環境保全地域に指定された自然豊かな地域です。
山際の小道に足を踏み入れると、やわらかい光が差し込む竹林が目の前に現れました。ひんやりと澄んだ空気と、みるからにふかふかな土、鳥たちの鳴き声がなんとも心地の良い空間です。

竹林の風景

筍と竹の子のちがい

「筍」とは、地表に顔を出す前の日の光を浴びていないたけのこのこと。辻さんのたけのこは、さらにその白さから白子筍と呼ばれています。これに対し、地面に出てきて少しでも日の光を浴びたたけのこは「竹の子」となります。
日光は筍から竹に成長するためのスイッチ。光を浴びたとたんに、青く固い竹の子になっていくそうです。

たけのこの蕾の成長が始まるのは、前年の8月頃から。じっくり時間をかけて、親竹から養分(糖分)をもらい、春になると一番子として顔を出します。一番子が8ヶ月もかけて膨らむのに対し、二番子以降の蕾が「筍」になるまでの期間は、わずか十日。旬という漢字は十日間という意味があり、「一旬」で竹になることから「筍」と言うそうです。

地下茎のたけのこの蕾ができる部分。親竹一本から1シーズンで収穫できる筍は6、7個程度だそう

たけのこが気持ちよく過ごせる環境を整える

①地表を積み重ねる
竹の地下茎は地表を這う性質があり、放っておくとすぐに地面から顔を出した「竹の子」になってしまいます。たけのこになるべく地中にとどまってもらい、親竹から養分をたっぷりもらって大きく育つ環境を作らねばなりません。ならば人工的に地中に地下茎を埋めてしまおうというわけです。
とはいえ、一度にたくさんの土を被せると、土が固まってたけのこの成長を妨げてしまいます。辻さんは毎年数センチずつ、土や落ち葉、伐採した竹のチップ、ワラなどを積み重ねて、やわらかい地表を積み重ねてきました。土は竹林のすぐ隣から、落ち葉は男山の山林から、ワラは米作りの過程で出てきたものと、どれも近くで手に入る資源。

土や落ち葉やワラは、板を敷いて、一輪車を使って少しづつ運んでゆくそうです。地面を踏み固めないためと聞いて、わたしたちも竹林に入るときはそーっと歩くように気をつけました。ちなみに、この竹林は辻さんが小学生の頃、約40年前から手を入れはじめました。今では1mほどの層になっています。

辻さんのうしろを、そーっとついていきます

②やぶを耕す
土の層を厚くするだけでなく、やわらかくすることも重要です。
そのためには、毎年少しずつ土や落ち葉を入れていくことの他に、筍の掘り方にもこだわりがあると、辻さんは言います。

「わたしのメインの仕事は、やぶを耕すこと。あんまり筍を掘っているという感覚ではないんですね。なので、筍と全然関係ないところを耕すんです。」
「ただ、何の理由もなくこんな面積を耕すのはさすがに大変なので、筍さんが居てくれた時に、周りを頑張って耕して、ご褒美として筍をいただいているという感覚です。」

筍だけを効率よく掘りたいなら、地下茎とのつながり部分に狙いをさだめて掘れば良い。けれど辻さんは、時間をかけて土を耕して、筍を掘り出していました。

白子筍を掘るためには、鍬の一種で「ホリ」と呼ばれる道具を使います。
地表面近くの地下茎から出ている竹の子ならば、一般的な鍬で収穫できるのですが、地中1mくらいのところで地下茎とつながっている筍を掘るには、鍬の金属部分が長い棒状になった「ホリ」が欠かせません。
柄の部分と金属部分の長さの比は地域によって異なります。山城(辻さんの地域)では、深く掘るために金属部分は長く、柄は短くなっています。塚原という京都のもう一つの筍産地では、山城に比べ小ぶりな筍が取れるため、金属部分が少し短く、柄が長いホリが使われているそうです。
ホリの先端は、刃物になっています。毎年、鍛治職人さんに打ち直しと研ぎ直しをしてもらいます。ですが年々、白子筍農家が減り、地元の鍛冶職人さんも少なくなってきてしまったそうです。

耕して大きく空いた穴と掘り出された筍

専用の道具「ホリ」

③親竹の芯止めと更新
土づくりと合わせて大事なしごとは、元気で丈夫な親竹を育てること。竹は日の光を浴びようと、ぐんぐん背を伸ばしていきます。放っておくと30mほどの高さになることもあるそうです。背丈を伸ばすことにエネルギーをたくさん使ってしまわないように、脚立に登って先端を切り、高さを抑えています。この作業を「芯止め」と言います。
また、竹林に光が届くように、約6〜7年周期で古い竹を伐採し、新しい親竹へと更新してゆきます。辻さんは更新年数を小学校に例えて、「この子は2年生で、この子は6年生」というように紹介してくださいました。写真の竹は「三」と書かれており、2023年生まれの2年生ということになります。

2023年生まれ、2年生の親竹

美味しく食べてもらうために、知ってほしいこと

たけのこの下処理方法としてよく知られているのは、米糠と一緒に茹でて、水にさらすアク抜きと呼ばれる方法です。たけのこを、繊維を破壊するアク(米糠や、たけのこの皮などアルカリ性のもの)とともに茹でることで柔らかくし、その後水にさらしてアクを抜きます。

ふかふかの土のなかで光を浴びずに育った白子筍は、柔らかくてえぐみがないのが特徴。ですのでアク抜きの必要はなく、下処理は熱を加えて、竹の成長に関わる酵素を失活させればよいそうです。つまり、アクが含まれる皮をむいて、20〜30分ほど茹でればよいということです。

また、たけのこは大きく育ちすぎると美味しくないと思われがちです。確かに、土から顔を出してしまうと、えぐみが出て固くなってしまいます。ですが、日の光を浴びてさえいなければ、大きいほど親竹からの養分を蓄えて甘く美味しくなるそうです。特に根元が美味しいのだとか。

辻さんの筍が食べられるのは、また来年のお楽しみ。
でも、もしお近くでたけのこを見かけたら、次の2つのポイントを気にしてみてください。日に当たっていないかを見極める目安になります。

1. 先端が黄色いか(日に当たるにつれ緑色になります)
2. 皮が薄い茶色であって、黒ずんでいない

おわりに

化学や数学が得意だという辻さん。竹の植物としての性質や、化学変化の話も交えてとてもロジカルに明快に説明してくださいました。筍栽培を起点に、地域独自の栽培方法・知恵、竹林の風景、伝統的な道具、食文化が育まれてきた。けれど、利便性や効率が優先される今の社会では「珍しい」といわれる存在になってしまったことも感じました。
流通・販売に関わるわたしたちが、みなさまに生産現場の風景や筍の特徴をお伝えし、美味しく食べてもらえるようにすることで、白子筍栽培の継続に少しでも貢献できたらいいなと思いながら帰路につきました。
来年もまた、筍を食べよう!

 

●渡邊春菜