今年3月のこと。
祝島の「こだまや」さんからお手紙をいただきました。

「毎年こだまや祝島ひじきを購入してくださっている皆様へ」と宛てられた手紙には、今、島のまわりの海で起きていることが記されていました。
私たちは、もっと、海からの声、自然からの声に耳をすまさなければいけない。そう気づかせられるものでした。

今回の「考える食卓・おいしい未来」では、そのお手紙を紹介いたします。
坂ノ途中から祝島ひじきを購入されたお客さまだけでなく、多くの人たちに、私たちが食べているもの、それがどこからやって来るのか、そこでの今を思うきっかけとなれば嬉しいです。

●石川 凜

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毎年こだまや祝島ひじきを購入してくださっている皆様へ

 現在、世界中の海岸で海藻が激減しています。特にここ数年は祝島でも目に見えて海藻帯の衰退がみられるようになりました。今年の祝島の磯はこれまでにない程の磯焼け(海藻が消滅する現象)を起こしています。
 初春の祝島の磯では、これまで岩場を多様な海藻が埋め尽くし、岩肌が露出するという事はありませんでした。水深や海岸の条件によって棲み分けされた多様な種類の海藻の帯が綺麗に島を一周取り囲んでいたのですが、それが今年はまだらに生息し、隙間には裸の岩肌が見える程に海藻が少なくなっています。一部の海岸では全く海藻が無い砂漠のような状態になっていました。

 潜って水中を見てみると、多年草のアラメやカジメがほとんど無くなっているのが確認できます。その多年草の間を縫って生えていた一年草のアカモクが日当たりを得て例年より多く繁茂しています。ここは海藻帯の中では水深の深い部分です。そこよりもう一つ浅いところにはテングサやワカメをはじめ多様な草が生い茂る、彩り豊かな実に楽しい層なのですが特に今年はこのライン上の海藻が無く、正に砂漠化している状態です。
 そしてそのさらに浅瀬が、干潮時には空気にさらされ満潮時には海に沈むという、潮間帯といわれる特別なラインです。そこにホンダワラ類ヒジキは生息しています。ヒジキはその潮間帯上で秋に芽吹き、潮の満ち引きによって陸地に上がったり海中に沈んだりを繰り返しながら成育し、初夏に胞子を放出して枯れていく一年草です。

 海藻の草原がなぜ砂漠化しているのかという理由について、信頼しうる先行研究の蓄積と自分自身が潜って見てきた海の中の状況から現時点で言えることは、第一に、ムラサキウニの異常発生による食害が挙げられます。何かのバランスの崩れが生態系に影響を与え、一部の動植物が激減したり大量発生するという食物連鎖のエラーによるものだと思われます。またアイゴという、本来この地域では越冬できない南方の魚が海水温の上昇によりこの海域でも地付き魚になり秋に芽生えたばかりの小さな一年草の海藻の芽を食べ尽くしてしまうという事も言われています。

 夏には一年草は枯れて流され多年草のアラメやカジメだけになります。その時期にウニやアイゴによってそれらが食べつくされます。そして食べ物がなくなると秋に芽吹いたばかりの一年草の芽を食べつくしてしまい磯は砂漠になってしまうというのが最も有力な説です。実際に潜っている中で根から上が全て食べられ枯れてしまい根だけが岩にかろうじて残っているという海藻の死骸や、葉や茎が食べられかけているものを多く見かけます。
 潮間帯にいるヒジキは食害を受けにくいラインにいるのでまだ全滅には至っていませんが多年草がこのまま激減すれば秋に芽吹いたとき、満潮時を狙ってアイゴやウニはヒジキの芽を根こそぎ食べつくす事も考えられます。

 海藻の草原が無くなった事によって起こる一つの大きな問題は魚の産卵と孵化が出来なくなるというものです。この時期、冷たい海に潜ることの楽しみの一つは生まれたばかりの小さな魚の群れと出会う事でした。まだメダカのように小さな色とりどりの魚が群れと出会うことは春の大きな喜びでした。今年はまだ一度もその光景に出会っていません。産卵と孵化が無ければ必ず魚は絶えていきます。

 また地球上の酸素の3分の2は海藻と植物プランクトンが生成しているという事実もあります。陸地にある森林よりも多くの二酸化炭素を海洋植物は吸収しているのです。その海藻が環境変化によって、たった一年にして砂漠になってしまうという事に、まだあまり目が向けられていません。地上の草木が一年にして砂漠になれば誰もが驚き、原因の究明と対処にすぐ力がそそがれるかもしれません。しかし海の中で人知れず大きな役割を担ってきた海藻がこのような危機にある事にはまだあまり目が向けられていないように思います。

 陸地と海は繋がっています。森林伐採と単一樹木の植林によって森は保水力を失い、土砂や有機物は海へ流亡し、さらに海底に堆積した有機物は嫌気性分解され、硫化水素やメタンを発生させているともいわれています。水に溶けた硫化水素は海を酸性化し、このことも海藻はじめ海の生態系を壊している原因といわれています。水温上昇によって活発化する嫌気性分解は、海の酸性化だけでなくメタンの発生を通してさらに温暖化に拍車をかけています。このままいけば地球全体の冷却装置であった海は、ある一線を超え蓄熱装置へと役割を変化させてしまいます。その帰結は、加速度的な巨大台風や豪雨、猛暑の発生です。海藻の減少は、ただそれが食べられなくなる、ということではなく、異常を知らせる警告そのものに他なりません。

 新幹線や高速道路の為に行われたトンネル工事、埋め立てや護岸工事が地下水脈を変えてしまい、海底に湧き出していた湧水が絶えてしまったとも考えられます。湧水は、大地に染み込み、時間をかけて海まで流れ、海底に酸素と栄養素を供給し、海の生き物たちを底支えしていたものでした。田畑への化学肥料や農薬の大量投入や工場生活排水によって悪化した水質はかつての姿をいまだ取り戻してはいません。海岸には絶望的な量のプラスチックごみが漂着し続け、波に砕かれもう二度と回収できない破片となって海水の成分の一部となっていっています。

 これらの事を感じながら今年の海藻の収穫作業を終えました。間引くような形でなるべく株を残すように少しずつ採りながら期間も短縮し、今年は例年の5分の1程の収穫となりました。この貴重なものとなってしまった恵みを分け合い、ただ生産者と消費者、販売者と購入者という関係性ではなく、普段誰もが簡単に見ることのできない海の中の事実を伝える手紙として送り出したいと考えています。そして食べて頂く事によって今この星の上で共に生きている事実を共有する確かな繋がりとなることを願います。

 祝島では、わたしたちを含め複数の事業者ほどがこれまで豊かな海に支えられ、それぞれ棲み分けをするかのように漁場を分け合い、恵みを分かち合ってやってきました。今年ももちろんそれぞれ例年どおりのひじきの生産量を望んでいました。しかし、海はわたしたちの経済の都合に応えるようには存在していません。

 絶対量が限られてきたときに起こりうる事は我先にという競争原理です。その競争に耐えうる資源量が無ければ、次に起こりうることは取り合いになります。このことは祝島という周囲12kmの海岸線だけの出来事ではありません。この島の波打ち際の一つの岩は地球そのものです。
海産物に限らず食料生産全体は危機の中にあります。

 例年通りの生産流通をする事に生産者も消費者ももはや執着できなくなっています。これまで天然のものに依存した暮らしを成り立たせて来たという事への自然への返礼は、いま自然が発している声を聞き、その声をこれまで食べてくれることによって私達の暮らしを支えてくれていた人に伝える事で完結します。安定供給出来ない事の背景を共有していく事も自分たちの仕事の一部なのだと感じています。

 今年のひじき漁を終えて感じた海の変化に応じ、経済の論理を自然に対して当てはめない事を選択しました。まずわたしたちに出来うる事は競争原理からの脱却しかない、この小さな競争からの脱却が、一つ間違えば食糧危機による奪い合いへと進みかねない世界の行方に対する、問いかけになることを祈っています。この星の上にあるものを分け合うしか道はありません。

 今年このようなことに向き合うこととなったのは、天然の海藻、特にヒジキという一つの食材を通し、実際に今まで当たり前にあったものが無くなってきているという事実の共有、そこから想像を発展させこの星の上にあるものを分け合い生きていくシュミレーションとして、これまで流通という形に乗せて繋がり合えた人たちとこれからどう生きていくかを共に考える材料が与えられたものだと捉えています。

 鹿児島川内原発周辺7km圏内で原発稼働中に温排水の影響で磯焼けが起きていた海に、2011年以降一時的に原発が停止したことによって翌年、海藻が戻ってきたという記事を読みました。海藻の胞子は数限りなく海を漂っていて、環境の改善により生態を取り戻すことも起こりえます。

 海の浄化能力、回復力を信じると共に、誰もが自分のいる場所で海の底を意識して暮らす事、自分たちに出来うることに全力を尽くす事で危機的な状況にある海が生命力を取り戻すことを祈ります。

 海の浄化は海藻の草原の再生によって加速するというこの島の海辺からの声が多くの方に届き、海藻再生への想いの共有が皆様とできるよう、少ない生産量ではありますが2021年のヒジキを多くの方と分け合えればと思います。そして来年海の草原の中で泳ぐ、生まれたばかりの小さな魚の群れにまた出会える事を願っています。

2021年3月19日
こだままこと/秋山鈴明
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