vol.10

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フードテックという言葉をときどき耳にします。
フードとテクノロジー、食べものと技術という言葉の掛け合わせ。2010年代になって、IT、情報技術が飛躍的に発達し、日本はもちろん世界中で食をとりまく新しい製品やサービスが開発されるようになって出てきた言葉です。

食はあらゆる領域で古くから技術進化にさらされてきました。
少し前のこのコラムで、化学や機械化によって進められた農業の工業化に触れました。今では植物工場や垂直農業と呼ばれるような、太陽光も土も必要としない農業のかたちが広がりつつあります。そして畑では、スマート農業、ロボット技術やICT等の先端技術を活用し、 超省力化や安定生産などを可能にする新たな農業が注目されています。遺伝子の特定の部分を書き換えるゲノム編集技術を用いた品種改良がニュースとなったのはつい最近のことです。

人間は昔から、食べものを得るためにさまざまな工夫を重ねてきました。だから、それらの技術もその延長線上にすぎないという人もいます。
たとえば、豚は野生の猪を人間が家畜化した動物ですが、そのはじまりは紀元前5000年以上も前のこと。今、スーパーマーケットに並んでいる野菜や肉や魚は、100年ほど前に発明された冷凍という技術や整備された物流というしくみの上で成り立っている。
もっとたくさん、もっと簡単に、もっと美味しいものを。人が食のかたちを変えることは目新しいことではありません。ただ、今はその変化のスピードがものすごく速くなっている。
ヒトは進化を肉体の外側で行いました。道具。数万年かかって獲得する形質、たとえば羽を生やす代わりに飛行機を発明する。争いのための拳は棒になり、剣になり、今ではドローンがその役割を果たす。
技術は激しく進歩したけれど、ヒトそのもの、考え方や倫理観は同じくらい前に進んだのでしょうか。

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2020年の年末、シンガポールで培養肉の販売が許可されたというニュースが流れました。培養肉とは、動物の細胞の一部を取り出し、それを培養して作った食肉です。Lab-grown meat・実験室で育った肉、クリーンミートとも呼ばれます。
完全食という言葉もあらわれました。人間の生命活動、健康を維持するために必要な栄養素がすべて詰まった食べもののことです。
私のまわりにも、完全食のパンを食べている人がいます。それさえ食べておけば、栄養補給ができるしお腹も満たされる。
嫌悪感を持つ人も少なくないでしょう。培養肉や完全食は食べたくない、ちゃんとした食事をしたいという声もあります。
でも、培養肉が生活に溶け込んでいって、生きている動物を殺して食べるなんて野蛮だという声の方が大きくなったらどうしますか。
完全食で栄養補給ができるから1日1食で済ませる。そんな食習慣が普及しても、あなたは朝昼晩の食事をつづけるでしょうか。
技術革新が進むにつれ、私たちが当たり前と思っている食の価値観や習慣は、根本からひっくり返されるかもしれない。

フードテックの界隈では、飲食店のオペレーションを支援するフードロボットも進化しています。
たとえば、ハンバーガーを作るCreatorという機械。客の注文どおりに、選んだ野菜をカット、バンズをトースト、好みの焼き具合にパティを焼く。調理スタッフは不要となり、そのぶん低価格で美味しいハンバーガーが提供できる。
パーソナライゼーションも進んでいます。
その人の味覚や体調に関する情報、調理の情報、食材の情報の3つのデータを組み合わせて最適な食事を提供するという発想は、情報へのアクセスとプロセッシングができる時代だからこそのものでしょう。
アメリカでは、スーパーマーケットに並ぶどの食品が自分の体質に合っているものか、DNA検査の結果に基づいてチェックできるリストバンドも開発されたそうです。

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よくわからないから避けて通る。そうして私たちは科学に取り残されていく。
たまたまお店で手に取ったカニカマの食品表示を見て、そんなことを思います。
ソルビットと書かれているものが何だかわからない。それが何色でどんな状態のもので、どこでどういうふうにできたものかもわからない。
どんどん進んでいく技術を指をくわえて眺めていると、やがてそこに飲み込まれてしまう日がくるのかもしれません。
私たち以上にお料理を美味しく作ることができ、私たち以上に私たちのことを知っている。そんな技術が普及していくと、私たちは自分の手で美味しい料理を作ろうとしたり、自らの健康に気を使うこともなくなるのでしょうか。
ヒトの進化が追いつかないと書きましたが、むしろヒトは退化していく、つまらない生き物になっていくような気もします。

その技術は、何のための技術なのでしょうか。
その技術の先に、どんな未来があるのでしょうか。
私たちは、本当にその未来を望んでいるのでしょうか。

あなたは、どう思いますか。

●石川 凜