vol.9

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坂ノ途中がテーマとしている、環境負荷の小さな農業。
でも、農業がどれくらい、どのように環境に負荷をかけているのか、普段の生活からは思い浮かべることが難しいように思います。

飛行機に乗ると、私はいつも窓側の席を取って地上の様子を眺めます。
たとえば東北地方の平野の上空からは長方形の田んぼがパッチワークのように規則正しく並んでいるのが見えます。アメリカの中西部を横断するフライトでは、センターピボットという方法で灌漑されている、巨大な丸い畑が広がっていたり。世界のいたるところで、農業がいかに自然のかたちを変えたかを目にすることができます。

「アグロエコロジー:基本理念、原則および実践/ミゲール・A.アルティエリ、クララ・I.ニコールズ、G. クレア・ウエストウッド、リム・リーチン著/芝垣明子訳/総合地球環境学研究所刊」の冒頭には、
“農業とは、自然に手を加え、単純化させる行為である” p.1
と明確に記述されています。
緑の広がる田畑も、もとは多くの生きものが暮らす森や草地だった。自然を改変し、人が欲や必要を満たすための植物ばかりを育てる行為が農業なのです。

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農業は、森林の減少、生態系の破壊、地球の温暖化や砂漠化など、さまざまな問題を引き起こしています。
ラオスでは過剰な焼畑によって森が失われて禿げ山が広がり、生態系は破壊されてしまいました。アメリカでは化学肥料が中西部の農業地帯からミシシッピ川を下ってメキシコ湾に流れ出し、海洋生物が生息できないデッドゾーンが広がっています。このような事例は小さなものまで含めるといたるところで見受けられます。

これはしかたのないことでしょうか?
焼畑は、森が再生できるよう配慮していれば、すべてが禿げ山になることはありません。肥料の流出も、植物が吸収できる分量だけを使用すればさほど問題にはならなかったかもしれません。
“農林水産業がその持続性を保つには、生態環境への負荷を、たえず生産過程内で処理しなければならない”
「農学原論―農業・農村・農学の論理と展望/祖田修著/農林統計協会刊/p.110」
自然が回復しようとする力と人の営みのバランスを上手く取ることができれば、農業は環境への負荷を小さなものにできるはずです。

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昨年、生ごみの循環に取り組む人たちに出会いました。
東京都三鷹市の鴨志田純さんは、有機農業を営む傍らコンポストアドバイザーとしても活動しています。
コンポスト、生ごみ堆肥は、たとえば籾殻、米ぬか、落ち葉、壁土などを混ぜ合わせてつくられた床材(基材)に生ごみを加えて発酵をさせることでできます。
鴨志田さんは、堆肥づくりを実践しながら、その技術を広めようとしています。
多くの人たちの手で、回収した生ごみから堆肥がつくられ、それが野菜を育て、そして食卓に上るしくみをつくる、資源循環の環。それを広げるため、鴨志田さんは一歩一歩、進み続けています。

福岡のNPO、循環生活研究所の理事のたいら由以子さんは、誰もが参加できる食の循環を目指して、家庭用コンポストの普及活動を行っています。
たいらさんは、今の社会は自然との隔たりが大きくなっていることに気づき、暮らしと環境のつながりをもたらす方法としてコンポストに着目しました。
半径2kmの資源循環。家庭でつくられたコンポストを回収し(自転車で)、福岡市内3か所のコミュニティガーデンという菜園で使用します。そこでは、小学生からお年寄りの人たちまで、いろいろな人が野菜を育てています。大きくなった野菜はマルシェなどに並び、人の手に渡り、そこから出てくる生ごみは再びコンポストに、そんな循環が生まれています。

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農業と自然の関係は、循環というところに注目するとわかりやすいかもしれない。
私は普段の生活のなかにコンポストを取り入れて、そう思うようになりました。
コンポストには、生ごみを入れ過ぎてもなかなか分解されません。
適した温度や湿度が保たれないと発酵はすすまない。
物質をめぐる時間、範囲を意識しながら循環をつくる。この意識が、自然と私たちの最適なバランスをもたらすような気がします。

コンポストをはじめて少し経ったとき、ある農家さんからこんなことを言われました。
「生ごみを堆肥にするのも大事だけれど、下水の汚泥を肥料にする取り組みも同じくらい大事なことだと思う」
生ごみは、ごみ箱に入れられた状態を見ることができるけれど、下水は流したとたんに見えなくなってしまいます。私は、生ごみのことは考えたけれど、下水のことまでは頭に浮かんでいませんでした。
下水の循環は、ひとりでできることではないのかもしれませんが、まずは下水がどう処理されているのかを調べてみようと思います。

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下水、生ごみ。私たちは、自らの行動の先、未来にある風景を想像できないと、自然の回復力を超えた負荷をかけてしまうのかもしれません。
誰かにまかせるのではなく、できる範囲だけでも、自分の手で循環をつくってみること。もしもひとりでできないのなら、ほかの人たちと一緒になってやってみること。
農業が、私たちが環境に負荷をかけないための第一歩はそういうことだと思います。

●石川凜