HATAKEYAさんのInstagram投稿より

夏のある日のこと。
いつもお野菜を出荷してくれる三重県いなべ市のHATAKEYA 川﨑亮太さんから、猿に野菜を食べられてしまったため、出荷ができないという連絡がありました。

そのときの、HATAKEYAさんのInstagramの投稿です。

ここまで来たかー…

昨年、近所で流通センターの建設工事が始まってから、
その切り開かれた森に棲んでいた猿の群れが
どんどん民家の方へ広がっている。

ここは来やへんわ!と言われていた畑も
今年になってどんどん被害に遭っていて、
大丈夫のはずで植えたところが
大丈夫じゃなくなってきた。

朝から近所のおじちゃんおばちゃんが
たくさん励ましの声をかけてくれる。

たしかに猿には一瞬、腹が立つのだけども、
本当に猿が悪いのか…
はたまた流通センターが悪いのか…

きっと物流センターの当事者は
こんなことを知る由もないと思う。
でも自分たちも物流に支えられているので
全く文句を言える立場ではない。

この当事者意識というのがすごく大切だと思っていて、
普段自分が食べているモノ、飲んでいるモノ、
身につけているモノ、使っているモノ、
全てのモノがどこから来て、そこはどんな環境なのか。

自分がそのモノを買うことで
世界のどこかでそのしわ寄せを受けて
住む場所や食べ物を奪われている
生きものがいるのではないか。
(後略)

少し前に、『チッソは私であった』という本(葦書房 2001年)を読みました。
6歳のときに父親を水俣病で亡くした、漁師の緒方正人さんという方が書いた本です。
緒方さんは若いうちからチッソや行政、国に対して補償を求めるべく他の被害者とともに闘いはじめました。その闘いは10年以上続きますが、対立は深まるばかり。恨みを募らせ「狂いに狂った」末に、自らの漁師としてのあり方を見つめ直すにいたりました。

コメだって魚だって野菜だって命があるわけでしょう。自分はそういう命を殺して食って生きている。そうしなければ生きていけない。生きていることそのものが罪である存在。そういう自分とは何なんだという問いを突きつけられるというか。(中略)それゆえに、水俣病の責任と言ったときに、テレビとか車とかいう近代的なもののなかにいる自分も、立場を逆転して考えてみると同じことやったんじゃないかという”もう一人の自分”みたいなものが見えてきて、自分も水俣病事件の罪人というか、人として背負うものだというふうに教えられたというか。(『チッソは私であった』p.180-181)

近年、野生のシカやイノシシが増加しています。積雪量が減ったことや、耕やす人がいなくなった田畑が増え餌場となっていること、狩猟をする人が減ったことなどが原因に挙げられます。
その一方で、シカやイノシシを捕獲する動きも強まっています。捕獲した命を無駄にしないようにと言って、ジビエとしての活用も進んでいます。しかし、人間を困らせる動物は殺して食べればめでたしめでたし、となるのでしょうか。

『チッソは私であった』を読んだとき、ジビエを食べることに対して私が感じていたもやもやが何であったかがわかりました。私は、動物が増える構造に加担している罪や、動物が増える原因をつくっておきながら殺して食べている矛盾を、忘れずにいたかったのです。
動物が畑を荒らしてしまうので、農家さんが困っている。狩猟をしてその数を減らそう。動物の命に感謝して美味しくいただこう……。綺麗なストーリーは、ときに私たちの加害者性を覆い隠してしまうように思います。

動物への苦痛をなくそうと、ヴィーガンになるという選択をする人もいます。
私は、罪をなくす努力をするべきという意見には同意しつつも、私たちはすでに罪を背負っていると自覚することも大事なのでは、と思います。
ひとたび自分もその構造のなかにいるということを忘れてしまえば、簡単に他人事ととらえてしまいます。気候変動も、経済格差も。自分がこの食べ物を食べることが、いまここに生きていることが、どこにどのように接続しているのか。その接続性を思い出せなくなったとき、世界に分断がうまれていくのかもしれません。

ゴミを捨てた場所とか、汚染された場所とか言うと、忌み嫌ってそこを遠避けて、隠して見ようとしない。そうじゃなくて、やっぱりもう一度そこに向き合って、受け取りなおすと言いますか、私たちに言い聞かせるといいますか、記憶をし直すということが大事じゃないかと思うのです。(『チッソは私であった』p.154)

他の生き物の生命を奪い、暮らす場所を侵害しながら生きている、加害者としての私。
「のうのうと生きてもいられないよな」と、スーパーに並ぶお肉を見ながらつぶやいてみました。

●石川凜