vol.3
小さい頃から豆が大好きで、豆料理が食卓に並ぶと大喜びしていました。
お正月にはおばあちゃんが煮た黒豆をお皿に山盛りにして。
お弁当には母にせがんで昆布豆を入れてもらって。
夏休みには茹でたてのだだちゃ豆を。
脇目も振らず、次から次へと口に運んでいました。
そして、大学で農業を学んだり世界のいろんな国の食文化に触れたりするうちに、「豆は美味しいだけじゃなくて、すごい植物なんだ!」と理解するようになりました。
むかしは、稲刈りの終った田んぼにはれんげ畑が広がり、あぜ道もれんげ草で覆われていましたが、これは自生していたわけではありません。米を育てるのに役立つから、人間が植えていたのです。
れんげ草は、実は豆の仲間。マメ科の植物です。マメ科の植物には「根粒菌」という菌が住み着き、作物が育つために最も大切な栄養素の一つである窒素を空気中から取り込んで土に溜めていってくれます。
稲刈りが終わった田んぼにれんげの種を蒔き、春に花が咲いたあと、そのまま土にすき込むことで、土に米が育つための窒素分を与えることができます。このようにマメ科の植物を土にすき込むことを、緑肥といいます。
しかし化学合成肥料が普及してきたことで、緑肥を行う農家さんは減りました。だから私たちもれんげ畑を見ることが少なくなったのです。
「国際マメ年」と国連が定めた2016年、FAO(国連食糧農業機関)は『豆類:持続可能な未来のための栄養ある種子』を発行するなど豆の素晴らしさについて発信しました。そこで豆類が世界にもたらす良い効果として第一に書かれたのが「栄養」と「健康」です。
“豆類は小さいながらも、たくさんの栄養が詰まっています。(中略)
豆類はたんぱく質と、穀類を完全に補完する必須アミノ酸を豊富に含んでいます。また、高品質の食物繊維だけでなく、炭水化物と微量栄養素の供給源ともなります。さらに、豆は脂肪分が低く植物ステロールを含んでいることから、LDLコレステロール値と血圧を低く維持するのに効果があることが証明されています。”(p.13:筆者訳)
“豆類に必須アミノ酸が全て揃っている訳ではありません。一方で、豆類に欠けているアミノ酸は米などの穀物に含まれています。これこそが、文化や大陸を超えて、いろんな地域で米と豆類が一緒によく食べられている所以なのです。”(p.35:筆者訳)
宮沢賢治の『雨ニモ負ケズ』には、「一日ニ玄米四合ト 味噌ト少シノ野菜ヲタベ」という一節があります。味噌には必須アミノ酸9種がすべて含まれているので、玄米と味噌を一緒に食べるというのは栄養学的にも理にかなったことだったのですね。
私は普段あまりお肉を食べないのですが、その代わりに豆腐や納豆などの大豆の加工食品を多く摂るようにしています。
ベジタリアンやヴィーガンの人たちが日本でも増えているといいます。
大豆ミートやソイマヨネーズなど、これまで肉や卵など動物性のものを使っていたところを豆で置き換えた食品もよく見かけるようになりました。
肉を控えながらも必須アミノ酸を摂取できる食材として、豆の価値はこれからも高まっていくのかもしれません。
でも、私がひとつ驚いたことがあります。『マメな豆の話 世界の豆食文化をたずねて』(吉田 よし子)によると、マメ科植物は動物から食べられないよう有毒成分を多く含んでいるというのです。
水に浸したり、長時間煮込んだり、発芽させたり、発酵させたり……古くから様々な豆の加工方法が編み出されてきたのは、豆を無毒化するためだったそうです。
豆好きの私は、旅行に行く先々で豆料理を食べてきました。
中国では円卓を囲んで「臭豆腐」を、台湾ではおやつに豆乳でできたプリンのような「豆花(トウファ)」を、インドネシアでは屋台で大豆の発酵食品「テンペ」を揚げたものを、イギリスでは朝ごはんにトーストと一緒に「ベイクドビーンズ」を。
豆はそれぞれの土地で、いろんな形で日々の食卓の中に入り込んでいました。
世界各地で独自の豆料理がうまれてきたのは、人間が豆を食べるために試行錯誤してきた結果だったのですね。
10月13日は「豆の日」。
これは旧暦9月13日の「十三夜」のお月見のときに、お団子とともに豆をお供えして食べていた風習に因んだもの。十五夜は芋をお供えするので「芋名月」、十三夜は豆をお供えするので「豆名月」という別名があります。芋も豆も、ちょうどその時期に収穫できる作物。お月見は収穫祭という面もあったのだそうです。
そういえば、子どもの頃はお月見団子を母と一緒に作ってお供えして……というのが秋の楽しみでしたが、ここしばらくはお月見団子を作ることもなくなっていました。
今年の十三夜には、豆を炊いてみようかな。
◾️石川凜