「ピザトーストが食べたい」
ある日の朝、私がそう言うと、作るよという夫の声がキッチンから聞こえてきました。
食パンにケチャップ塗って、スライスチーズと玉ねぎのせて、トースターに放り込む、そんなピザトースト(もどき)のつもりだったのですが、なんかすごく時間がかかってる。
気になって見に行くと、夫は下地のソースから作りはじめていました。
いや、そこまでせんでもええんやけど……と思いましたが、夫のピザトーストはものすごく美味しかった。

彼と知り合ったのは数年前です。どこで最初に会ったのかは覚えていません。近所の農家さんのひとりで、たまに見かけて、少し世間話をするくらい。
穏やかな人だなという印象でしたが、まさか夫婦になるとは……。
挨拶から、世間話をするようになり、ごはんを食べに行ったりしているうちに、穏やかというより、野生系? ということがだんだんとわかってきました。
私の好きなタイプは、人間じゃないみたいな人。動物的というか。
彼から、「人間じゃないみたいって言われるねん」と聞いたとき、あ、この人かもと思いました──このことはたぶん知らないと思う──。

人生は一度きり、精一杯楽しみたい。大変だけど、好きなことを仕事にできて幸せだと思う。夫はそんなふうに言います。全力青年? 中年?
以前はサラリーマン。趣味ではじめた家庭菜園にのめり込んでしまい、ついには仕事を辞めて農家になってしまいました。はじめは、小さな畑で自家製の肥料を作り、明けても暮れても手作業で畑仕事をしていたそうです。今は、しっかり生活ができるよう、トラクターなどの大型機械も使って、大きな畑でたくさんの野菜を育てています。
この時期、白菜やニンジン、大根などが大きくなってきました。先日は、誕生日プレゼントに玉ねぎ1万本植えてな〜♪ なんて調子良く言われ、とても手が足りそうにないので、友だちに助けてもらって、みんなで玉ねぎの苗を植えました。

私は、結婚してもやまのあいだファームをつづけるという選択をしました。
耕すことをせず、草と虫と一緒に野菜を育てています。スコップや鎌は使いますが、ほとんど手作業です。土の変化はゆっくりとしていて、長くつづけることに意味がある、はじめちゃったからまだやめられないという感じです。
夫には理解できないことがたくさんあるようですが、それでも小さな農業から大きな農業まで経験してきたぶん、私のスタイルに合わせたアドバイスをしてくれることもあります。
ふたりとも、毎日バタバタですが、助け合いながらなんとかやっています。
生活は大変、でも、それも人生の一部。おたがい、口を開けば野菜や畑のことばかり。戦友のような存在です。
私たちの「楽しい」は「楽」ではないけれど、ヘトヘトに疲れて家に帰るとき、暗くなった空を見上げて、今日も十分生きました……、そんなふうに呟くのも悪くありません。

●あかね