※画像は加工したものです

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地球温暖化。
その言葉は、小学校の低学年のころから繰り返し聞かされました。
電気をこまめに消しましょう、ペットボトルの飲み物を買わずに水筒を持ち歩きましょう、エコバッグというものを使いましょう……そうしたひとつひとつの行動をきちんとすることで、地球温暖化を食い止めることができます。
私はそれを信じていました。

でも、一向に地球温暖化に歯止めはかからない。それどころか深刻化している。
どうやら私が行動したところで、世界はなにも変わらないみたいだ。
中学生になった私はそう気づきました。そのとき、私は地球温暖化の問題を頭の外に追い出してしまったように思います。

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気候変動。
最近は、地球温暖化よりも頻繁に耳にする言葉です。
地球温暖化というと、大気中の二酸化炭素が増えて温室効果で気温が上がる、北極の氷や氷河が溶けて海水面が上昇する、そんなことが頭に浮かびます。
けれども、近年は異常なほどの猛暑がつづいたり、局所的な豪雨や巨大台風が発生したり、温暖化がすすんでいるということよりも、気候変動が起きているという包括的な言葉の方が相応しいかもしれません。
欧米では、Climate Change(気候変動)ではなく、Climate Crisis(気候危機)という言葉が使われることも増えています。
私が子どものころ、仙台では冬にかまくらをつくることができたのに、今ではそんなに雪が降り積もることはなくなりました。この10年のあいだに、誰もが危機感を覚えるほどに気候は変化しているように思います。

気候変動という問題を解決する方法はあるのでしょうか?
シェルターをつくるような「逃げ」の対処は可能かもしれませんが、人や社会の無力さがさらにくっきりと浮かび上がるような気がします。

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子どもにとって世界は身の回りにあります。
そして、成長するに連れて世界は少しずつ広がり、自分という人間が76億分の1の存在であることを知ります。
「私がなにか行動をしたって、なにも変わらない」
大人たちの多くが、そんな無力感を抱えています。

“近代とは、命や故郷喪失のつぐないが本質的に回収不可能な社会システムであり、壊したものが壊れたまま外部に遺棄され、自己回復の仕組みが困難なシステムである。後期近代に至って、こうした遺棄の堆積はもはや〈祟り〉となってこの世界全域を覆いつくそうとしているが、近代社会は、この〈祟り〉を鎮める術を持っていない。”
明日なき《世界》 つぎつぎとなりゆく犠牲 山内明美/現代思想2020年3月号 特集=気候変動

近代という社会システムを覆う「祟り」。
この言葉は、重く、私の心に響きました。

祟りを鎮めるためには、近代社会から導かれた方策は力を持たない。
それが引き起こした変化をまっすぐに見つめること。
それを引き起こした私たちのふるまいを見つめること。
そして、これからどのような社会を築くべきなのか、根本から考え直すこと。
私たちに襲いかかる災害が求めているものは、私たちのそんな姿勢なのかもしれないと思います。

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大学生になって間もないときのこと。
ペットボトルをごみにするのは1年に1本、そう語る社会起業家の人に会いました。
環境にいいことをしようというなら、まず身近な行動で示すべき。そう言われている気がしました。

同じころ、私は大好きな言葉にも出会いました。
My life is my message──私の人生すべてが私のメッセージである
非暴力を貫いたインド独立の父、マハトマ・ガンジーの言葉です。
信念を曲げることなく、体現して生きる姿はとても美しく見えます。
そうして、私はまた電気をこまめに消し、エコバッグを持ち歩くようになりました。

私ひとりの行動が気候変動に及ぼす効果なんて計りようもない。
だけど……ひとつひとつの行いは、私がどう社会と向き合って、生きたいかを示す意志の表明です。
きちんと伝わりますように。祈りをこめてメッセージをおくりつづけます。

●石川 凜