Vision 100年先も続く、農業を。

 坂ノ途中が、ずーっと使いつづけてきた言葉です。はじまりから10年が経ってどんどんメンバーが増え、それぞれが多様な経験を重ね、関心の幅を広げたり、いろいろな分野で専門的な深い知識を獲得したりしています。

 10年を機に、改めて僕たちのビジョンを定めよう! そんな話が出てきて、あれこれみんなで話し合いました。だけど、結局、この言葉に落ち着きました。100年先も続く、農業を。僕たちの原点はやっぱりここにあるのだなぁと感じています。

 これからも僕たちは、いろいろなことに挑戦をつづけます。

そのなかには、農業からはみ出した事柄も多く含まれるでしょう。「鹿肉売ってみようぜ」とか「台湾スイーツ屋をやりたい」とか、ちょっと変わったアイデアがほかほかと温められています。でも、そんなことのどれもが農業を、あるいは社会を持続可能にしていきたいという思いを源にしています。

これまで、僕たちは学んできました。新規就農の人たちと、ああでもない、こうでもないと頑張っているうちに耕作放棄地が増えつづけ、新規就農の人たちが元気でも地域が丸ごと損なわれてしまったら、持続可能な農業なんて無理な話だと理解したり、自社農場をスタートする日に大雨による土砂崩れで農地が埋まってしまい、山が荒れていると農地が維持できないことを身を持って知ったり。持続可能な農業をという立脚点があるからこそ、多くの学びの機会──たいていそれはトラブルとか不測の事態と呼ばれるものです──を与えてもらった。

 そうして気づいたのは、畑だけを見ていてもどうにもならないということです。遠くを、広くを、深くを見つめなければいけない。そうして、100年先も続く、農業をというビジョンに向けて、自分たちの考えや行動を枠に嵌め込まずに事業を進める。

 もしも、「あれ? なんでそんなことはじめたの?」と思うようなことがあったら、坂ノ途中の誰かに尋ねてみてください。きっとそこには、持続可能性へのまなざしを持っているからこその理由があるはずです。

Mission事業を進める際の、指針。

01

環境負荷の小さい農業を広げる

3つの、大きな指針というか、方向性をあらためて定めました。そのひとつ目がこれです。 新規就農した人の営農の際のハードルを下げたい。そうすることで、環境への負担の小さい農業に挑戦する人が増えていくきっかけを作りたいと思っています。 新しく農業をはじめた人たちが陥りがちな、お野菜の生産が少量不安定になることを、致命的な弱点にはさせない、それを一緒になって乗り越える。彼ら、彼女らの育てる野菜の、品質の良さや、珍しいお野菜の栽培に積極的に挑戦できるといった強みを、価値として発揮できるようにする。そういったことのために、農家さんたちとは細かなところまで何度も話し合うし、八百屋さんたちと共同で集荷の方法をととのえる、そんな地道な工夫を重ねていきます。  「私たちの考え」のページに長い文章を書いていますので、お時間あるときにご覧ください。

02

多様性を排除しない
流通のしくみをつくる

野菜は生きものだということを僕たちは大切にします。生きものはひとつとして同じものはないし、時間や環境、いろいろな影響を受けて変化する。ブレがある。それを、非効率だからといって切り捨てたりしない流通のしくみをつくっていきます。 活用できるものは、なんでも活用する。坂ノ途中には、受発注のシステムや、お野菜セットの組み合わせを考えるときの補助ツールなど、ITを活用した独自のしくみがたくさんあります。そして出荷チームには「このコマツナ、見えへんけど虫いるかも」「このレタス、元気そうやけど、お客さんに届くときにはズルケがでるかも」、そんなアンテナ、感性が育っています。

03

ブレを楽しむ文化を育てる

お野菜はいろいろに変化すること、それを楽しむ暮らしを提案していきます。糖度が〇度以上を保障するような画一的な扱いはしません。時間の流れとともに変化する味わいを伝えます──夏のおわりに少しずつ実が固くなっていく夏野菜にお別れを告げたり、甘味がのる前の冬野菜を食べて期待を膨らませたり、長雨のあとの野菜を少し水っぽく感じたり、条件がピタッと合ったときには震えるくらいの美味しさを感じたり。 野菜という生きもののブレを伝えたり、楽しみ方を提案することで、想像力のある消費につなげたいと思います。そんなふうにお野菜の多様性を許容し、楽しむ社会は、きっと人に対しても包容力を持った社会じゃないかと思うのです。

あとがき

 坂ノ途中では、これまでビジョンやミッション、あるいは「坂ノ途中WAY」とか「クレド」とか、その手のことを言語化してきませんでした。 身体感覚を伴わない仕事が中心になっている企業は、そういう事柄を明文化することが必要なんだろうなと想像するのですが、坂ノ途中は目の前にたくさんの野菜があるし、生産者さんたちを畑に訪ねたり、日々しみじみと美味しいお野菜を食べることで、自分たちの重心みたいなものが自ずと定まっていくように思います。僕はそういう感覚がとても好きです。 あるいは、言葉としてしまうことで、考えが固定化してしまったり、思考停止になることを畏れてきたともいえます──そもそも、ほんとうに大切にしていることを口にするのって、なんだかちょっと恥ずかしいし。 そんなわけで、坂ノ途中はなんとなく「100年先も続く、農業を。」「未来からの前借り、やめましょう」というキーワードをずっと使いつづけ、とくにビジョンやミッションを定めることなくやってきました。新しく入ったスタッフに「坂ノ途中にはビジョンって決まっていないんですか?」なんて訊かれると、「ほんとうにビジョナリーな組織って、べつにその言葉を色紙に書いて壁に貼ったり、みんなで暗唱したりしないと思うんだよね」なんて曖昧に答えていました。 でも、10年が経って人が増え、一度きちんと立ち位置を考えてみてもよいかなということでまとめてみたのがここの文章です。 僕としては、いろいろなことが見えてきた、そちらにも足を踏み出そうとはしているけど、結局のところ、僕たちのベースになっているのはここにあるという思いを踏まえて、「やっぱり、100年先も続く、農業を。」がいいんじゃないかと言ったのですが、あるスタッフからは、農業から出発して持続可能な社会を目指すという広がりのあるスタンスを表現するのなら「100年先も続く、農業とか、を。」なんて案も出てきました。だけど、スタッフのほとんどが首を縦に振らず、「やっぱり」「とか」は却下されてしまいました。まあ、言葉としてのおさまりのよさって大事ですもんね……。

代表取締役 小野邦彦