お料理のさしすせそは、大切なんですか、そう訊ねると、ふたりは顔を見あわせ、ゆっくり頷いた。もちろんですよ、ねえ。そうして、声をあわせて指を折りはじめた。さとう・しお・す・せ……せ、ってなんだっけ? しょうゆ? 坂ノ途中のまかないチームの酒井麻由さんと堀内丹賀(にか)さんは、あははと笑って、その質問を切りぬけようとした。そ、は知ってる。みその、そ。

昔ながらの製法でつくられた、れんげ米の完熟味噌

社員食堂のようなものといえばそうなのだけれど、坂ノ途中のまかないは、たぶん少し様子がちがう。あまりに小さすぎて、もしくは大きすぎて出荷できなかった野菜や、余裕をもたせて多く仕入れた野菜、ときには農家さんから余りものだからとプレゼントされた野菜などを食材に、ほぼ毎日、みんなのお昼ごはんをふたりでつくっている(スタッフがほんの数人だったころからの伝統のようなもので、そのころは食事当番のようなしくみがあった)。
その日にならないと、どんな野菜がつかえるのかわからないので、あらかじめメニューを決めることはできないし、それでいて多いときは60人分をせまいキッチンで昼までにつくるのは、かなりたいへんなこと。でも、いつも、へえ、この野菜で、こんなお料理がつくれるんだ、こんな味ができるんだと、坂ノ途中にいっぱいいる、お料理が好きで得意という人もおどろかせてくれる。おなじ釜のメシを食うことのほかに、お客さまにとどけるいろいろな野菜の味わいを知っておくこともできる。

坂ノ途中でお届けしている調味料

さしすせそ、というのは、さとう・しお・す・しょうゆ・みそ、という、和食の基本的な調味料のつかい方をあらわしたもの。
砂糖は焼物や煮物などで使われ、甘みをつける役目のほかにも、親水性があるので、食材の乾燥をふせいでくれる。加熱すると、艶や色づく特徴もある。てんさい糖とか黒砂糖とか、種類もいろいろあって、用途によって使い分ける。
塩は味の方向をきめるもの。塩味はもちろん、砂糖といっしょに使えば甘さをひきたてたり、酢に使えば酸味をやわらげられる。
酢は、穀物などを発酵・熟成させてつくられ、風味をくわえて、食欲をかきたてたり、臭みを抑えたりすることができる。
醤油は日本の代表的な調味料。その、味のほかに、色づけ、薫りづけにも用いる。
味噌は大豆を原料とした発酵食品。汁物、煮物などで幅広く使われる。昔から、地方独自のものがつくられ、甘口や辛口、赤、白、黒など、たくさんの種類がある。
そして、使うときは、さしすせその順番に。
砂糖は最初に。塩のあとに砂糖だと、甘みが入っていかない(分子の大きさがちがうらしい)。塩は、使い方しだいで、味に大きな違いがでるので注意が必要(料理の腕前がはっきりでる)。酢は、酸っぱい! とならないように使うこと。味噌と醤油は、風味をいかすように、あまり熱をくわえないように(煮物などの例外もたくさんあるけれど)。たとえば、お味噌汁なら、味噌はいちばん最後、火を止めてから溶くと風味が逃げない。

さしすせそ、気にしてはいないけれど、考えてみると、たしかにその順番でつかってる、ね? そうそう。いつ、どうやって憶えたんだろう? ふたりは首をかしげながらいった。そして、食材やレシピのほかにも、とにかく調味料ってとても大事よね、とつけくわえた。さっと焼いて塩だけってよくおすすめしているけれど、ちゃんとした塩をつかうとできあがりがちがうから。
話の最後に、醤油は、むかし、「せうゆ」と書いた、それで「せ」、らしいですと伝えると、ふたりは、ふうんと、あまり興味のなさそうな返事をした。きちんと使えてるからべつに、みたいな。

Photo/Yuko Aoki