こんにちは。今年も柑橘の季節になりました。わたしたち坂ノ途中も、瀬戸内海の島でみかんやレモンを育てています。お世話をしているのは、自社農場やまのあいだファーム(やまあい)のスタッフ・あかねぽん。京都と島を行ったり来たりしながら、みかん畑や、まだ小さなレモンの面倒を見ています。なぜ、京都から遠く離れた島でレモンを? その理由と、最近の島の様子をお伝えします。

やまのあいだと  瀬戸内海と

瀬戸内海の安芸灘とびしま海道。広島県呉市の南東、連絡橋で結ばれた安芸灘諸島の島々が、まるで庭園の飛び石のように見えることから、そう呼ばれています。

そのなかのひとつ、大崎下島で明治時代にはじまったみかんの栽培は、今も島を支える大切な産業。海に面した斜面という斜面には段々畑が広がり、瀬戸内のあたたかな太陽が島とみかんの木を照らしています。坂ノ途中は今年、この島の農家さんからみかん畑を引き継ぎました。およそ150本のみかんの木を、あかねぽんが京都から通いながらお手入れしています。

さらに、そこからフェリーで10分のところにある三角島ではレモンの栽培も始めました。5月に植えた38本の小さなレモンの木はぐんぐん成長中。みかんもレモンも、農薬や化学肥料に頼らず、手作業で草を刈ったり、虫の見回りをしたり、1本1本を大切に育てています。

やまあいでは、きゅうりや万願寺とうがらしなどのお野菜を、瀬戸内ではみかんやレモンを。あかねぽんを中心に、そんな「二拠点農業」を試みています。

 

背景にあるのは、耕作放棄地のこと。後継ぎがいない、高齢で農業ができない、などの理由で、耕されなくなった田畑が増えつづけています。大崎下島や三角島も例外ではなく、農家さんの高齢化が進み、放棄されてしまう柑橘畑が増えています。

先祖代々守ってきた田畑は、親から子へ、そして孫へと受け継ぐというのが今でも一般的な考え方。でも、その地域に担い手がいないのなら、他の場所で農業をしている若者が通って、そこでも何か育ててみたらどうだろうか? そんな「二拠点農業」というやりかたも面白いんじゃないかな、と私たちは考えています。

大崎下島のみかん畑も、島のおじいちゃんが90歳まで栽培をつづけてこられたところをお借りしました。何十年も受け継がれてきたみかんの木。これからも甘いみかんがなりつづけるように、さらにまた次の世代にもつづいていくように。そんなことを願いながら、少しずつ少しずつ、お世話をしています。

 ページ内の写真は、あかねぽんが撮影してくれた最近のみかんとレモンの木や、島の様子。まだ青々としたみかんの写真からは、爽やかで甘酸っぱい香りが漂ってきそうですね。

皆さまにお届けできるのはもう少し先ですが、これからもときどき、島のみかんやレモンの様子をお伝えできればと思います。一緒に成長を見守っていただけたら嬉しいです。